2018年思ったことあれこれ(下半期)

思うこと

こんにちは!トモローです。

 

前回書いた2018年に思ったことの下半期Ver.です。

 

期待しない

20180701

人は自分や、周囲に対して常になんらかの「期待」をしている。

そうして、その期待値に結果が届かなかったら残念がる、もしくは怒る。

最初から期待しなければ、残念がることもなければ、怒ることもない。

 

小事をおろそかにする人間は大事を成さない

20180703

たとえ100のことができたとしても、だからといって50のことにをおろそかにしているようでは、100の仕事を任せてもらえない。

仕事に大も小もない。

小事をおろそかにする人間は大事も成さない。

 

会社と学校の違い

20180715

会社で自分だけ真面目にやっていて、他人が手を抜いていたり、キチンと仕事していないと、イラっとする人がいる。

でも、昔を振り返ると、学校で自分だけが良い点を取り、他人が悪い点をとっていたら「しめしめ」と思い、優越に浸ったと思う。

学業であれば、自分だけが良い成績をとっていれば将来的な見返り=良い学校に進学できる、が期待できた。だから自分だけよく、周りがよくない、状況が好まれた。

しかし、いざ仕事になると、自分だけよく、周りがよくなくても、将来的な見返り=給料、は一緒だ。

だから、会社に入るとみんな周囲で怠けている奴がいると、簡単に優越に浸ることができない。

だけど、短期的に見れば目先の給料は変わらないかもしれないが、長期的にみれば、キチンと仕事をこなして、勤務態度も良く、それなりに結果を残す人間は早く出世する。

周囲のことは気にせずに、真面目にキチンとやっていればいいのだと思う。

 

目標と行動

20180707

スポーツで良い結果を残すためには、、良いコーチに指導を受け、生活習慣を変え、目標に向かってひたすら練習し、常にチェックとフィードバックをして、改善していけば、自ずと結果は出てくる。(この場合、才能は無視している)

人生も同じで、人生の目的、信念、理想が達成すべき最終ゴールであり、それをまずはっきりと明確にしなければならない。

もし達成すべきゴールがはっきりしていない人生というのは、海に漂う船と変わらない。

周囲に流されて適当に流れるが、どこにも到着せず、何事も成さずに終わる。

目的地(達成すべきゴール)があるからこそ、進むべき道がわかる。そして、目的地を決めたら、航海の計画を立て、先人に教えを請い、無駄な時間を捨てて、寄り道せずに目標を進む。

毎日、自分がゴールまであとどの距離にいるのか確認して、反省とフィードバックを行い、常に修正を行う。

そうすることで、必ず目的地には到達できるのだ。(才能や周囲の環境は無視している)

 

間違った自己肯定はしない

20180715

他人がどう思っているか、感じているかはその人本人にしかわからないもの。

自分は良かれとやっているつもりでも、相手は受け入れてくれてると思ってやっているつもりでも、実は心の底では「嫌」だと感じているかもしれない。

そう考えると、少し謙虚にしておくくらいがちょうど良い。

そして相手に指摘されても決して小さな箱に入ってはならない。

 

ビジネスとは消費者の時間の奪い合い

20180715

消費者に店に来てもらう、商品を使ってもらう、ゲームで遊んでもらう、本を読んでもらう、宿泊してもらう、レジャーを楽しんでもらう、これらは全て、「時間」を要する。

消費とは、お金だけを消費するのではなくて、人生の「時間」も消費している。

商売、ビジネスとはこうした消費者の「時間」の奪い合いなのだ。

これは消費している時間だけでなく、そこにアクセスする時間も含まれる。

例えば、マクドナルドが通勤通学の途中にあれば、ついでにスッと寄ることができ、アクセスに余分な時間を要さない。

これは消費者にとってとても大きなメリットである。なぜなら、消費すべき時間を節約できるから。

しかし、それが例えば消費者の生活県外に位置し、わざわざ車をだして何十分も走っていかないければならない場所にあったら、そこまで来てもらう時間を消費者に消費してもらう必要がある。

であれば普通の消費者は近くのマクドナルドを選ぶはず。どっちに行っても味は同じなのだから。

郊外に位置するマクドナルド何をしなければならないのか、それは希少性、付加価値をつける必要がある。

わざわざ遠くのマクドナルドを選ぶために、そこにしかないもの(サービス、メニュー、施設)を設置する必要がある。

こうして、消費者のお金と時間を奪い合うのがビジネス。

 

やり続ける

20180715

継続は力なり。何事もやり続けることが肝心。そうすると、いつかディッピングポイント(質量転化)に到達する。

 

100年後は今この世に存在している人全ていなくなる

たった100年もすれば、今この地球に存在する全ての人間がこの世からいなくなる。

どれだけ他人に気を使っても、言われた通りに人生を生きても、恥ずかしかったり怖くて行動しなくても、我慢しても、性格を直しても、人生はいつか終わる。そして自分が気を遣った、我慢した相手もいなくなる。

どうせ全員いなくなってしまうのだ。

ならば、もっと自由に自分の思うままに行動してもよくないだろうか。

ただでさえ短く一瞬で終わってしまう人生なのに、その貴重な時間を他人に気を遣って、他人のために我慢して、他人のために性格を直している時間などない。

出会った全ての人と親友になれるわけないし、結婚することもありえない。

ちょっとくらい苦手な人、嫌な人、合わない人がいたっていい。

その人のために自分を変える、頭を悩ましている時間が僕はもったいないと思う。

もっと、自分の思うままに生きたらいい。

 

人生にあらがわない

20180730

今起きていることに争わない。

例えば、混雑した人混みの中で自分だけが歩くスピードが早く、周りが遅いと「遅いなぁ」とイライラする。抜かそうとしてぶつかったり、わざと当たったりしてくる人もいる。

結局ネガティブしか生まれない。

期待しない、あるがままに、諦める、受け入れる、最初からこうした心構えでいれば、今自分の周りに起きていることをそのまま受け入れて何も考えないので、ストレスにならない。

水の流れに逆らうのはしんどい。流れに身を任せれば楽。

僕達は人生というスクリーンに映し出されるストーリを見ている。いくらスクリーンを叩いたり引っ張ったりしても、そこに映し出される映像は何も影響を受けない。

争うとはそうした無駄な行為なのだと思う。

 

成果とは、才能(能力)×集中(濃度)×時間

20180906

 

電車でみんなスマホ

20180906

電車の中でスマホゲームしている人を本当によく見かける。めちゃめちゃ皆ゲームしてる。

そんな人たちが支える日本の将来を想像すると。

 

金と才能

20180917

何かをするのには必ず金がいる。起業する、留学するなんでも金がいる。

金がないために、起業できない、留学できないって人も沢山いる。

でも、もしかしたらとんでもない才能を秘めているかもしれないのに、お金がないってだけで選択肢が潰れ、大人しく企業人になる人も大勢いる。

もしかしたら、日本を支える人材になるかもしれないのに、お金がないってだけで。

それってもったいなくない?って思う。

 

教師の役割

20180926

学校教育とは、教師が生徒全員の自尊心を高めてあげるための場所

 

節約の効用

20180927

4000円節約できたということは、10万円年利4%の株を保有しているのと一緒

 

自律

20180927

自分を律することができて初めて自律した人間になれる。

自律できていないと、時に生活に余裕ができなくなり、それは心の余裕がなくなることに繋がる。

心に余裕がないと、精神的不安から他人に当たってしまう人がいる。

逆に自律した生活を送ることができれば、生活において余裕が生まれる。

それが心の余裕にも繋がり、自分に余裕がもてれば、そこで初めて他人に目を配ることができるようになる。

大きなことを考える前に、まずは土台となる自分の日々の生活を見直すこと。

自律した生活を送ることができるようになれば、おのずと心に余裕が生まれて、ひいては他人を思いやれる人間になれる。

 

人は何に惹かれているのか

20181006

美術、芸術、建築、食、文学、こういった人の手による創作物には全て、その作り手の念とかエネルギーがこもっているように思う。

良い、悪い、大きい、小さい、念。

そして、それを鑑賞する人は、その念を知らないうちに脳で認識しているような気がする。

豪華絢爛の建物が素晴らしく見えるのは、それにつぎ込んだ年月とお金が莫大だからではなく、希少性の高い装飾を施しているからではなく、その建物にどれだけ多くの人の強い念が宿っているか、それがエネルギーとなり、人を惹きつけているのではないだろうか。

 

相手の立場で考える

20181017

今まで「自分がされて嫌なことは他人にしない」ことをモットーにやってきたけど。

それが本当に相手のためになっているかはわからないと思った。

さらに一つ上の、「相手の立場になって考えて、行動する」ことができるようになればよい。

 

記憶力よりも検索力と応用力

20181212

コンピューターが生まれるまで、記憶力がよい=頭がよいとされ重宝された。

記憶力がよいと、常に大量の情報をストックでき、それを必要なときに引き出し、問題解決が早い。

しかし、コンピューターが生まれ、全ての情報はインターネットの世界に保存されるようになった。

検索したら一瞬で答えが出てくる。それは人が思い出す行為よりも早いかもしれない。

そうなると、わざわざ自分の頭で覚える必要がなくなる。

わからないことを一瞬で検索できる技術があればよい。

ただ膨大な量のそして良質なものもあればジャンクなものも含まれる大量の情報から厳選する力が必要とされる。

そうして得た情報と既存の情報を掛け合わせることでアイデアは生まれる。

これからは検索力と応用力を要する時代になる。

 

人は千差万別

20181215

これは本当に当たり前なことだけど、人はそれぞれ皆違う。

日本人とアメリカ人とで価値観が違う。そんな時、僕達はお互いを尊重し合う。

しかし、これがもし同じ国の中に生まれた人種同士、例えば同じ日本人だとなぜか同じルール、常識で画一しようとする。

例えば、話すときは人の目をみて話すものだ。という常識?社会のルール?があったりする。

なぜ、全員同じようにそうしないといけないのか?

(秩序を乱さないために作られた法は別の話だ。盗みはいけない。これはいけないこと。)

でも、この世にはいろんな人がいるわけで。

NLPでは人には優先的に働く器官があるという。外からの情報を目から入ってくるものに一番理解度を示す人もいれば、耳からの情報に一番理解度を示す人もいる。

前者は芸術的センスはあるが、音楽的センスはない。そして後者はその反対となる。

人間は内向型や外向型に分別されたり、血液型も一概に血液型占いは信ぴょう性がないと言われているが、実は血液型の違いによって脳の各部位に送られる血液量に変化が生じることは科学的に証明されている。

脳は使う部位によって優位性が変わるので、例えばそれが左脳が活性化しているのか、その中でも前頭葉なのか、または右脳が活性化されているかで優位性が変わってくる。

人は生まれた時に決まった割合で筋肉が速筋と遅筋に分別される。この割合は一生変わらない。

速筋が多い人は無酸素運動を優位とする瞬発型のスポーツに優れ、遅筋は有酸素運動を優位とする持続型のスポーツに優れる。

他にも、DNAのタンパク質の配列によってある程度の性格や性質は決まったり。

交感神経優位型なのか、副交感神経が優位型なのか、またはその中間なのか。

これをアーユルヴェーダでは火、水、風の性質に分けたりもした。

もしくは、人の遺伝子は獲得形質も遺伝するということが、科学的に証明された。

ということは、育つ環境によっても人は変わるのだ。

こうして、人はそのたくさんの性質を掛け合わせてできている。

僕達の細胞は70兆もの遺伝子情報で作られる70兆分の1のオリジナルの人間でもある。

そんな僕達を全員同じルールで縛るほうが、ナンセンスだと僕は思う。

例えば、エジソンが相手の目を見て話せない人だったら、他人はエジソンを批判するのか?彼は落伍者なのか?

誰も批判しないし、彼は落伍者ではないだろう。なぜなら彼はこの世に素晴らしいものを沢山残してくれたから。

人それぞれ自分のルールはあるかもしれない。それこそ目を見て話さないといけないとか、社交的に飲み会には参加するべきだとか、etc…

でも自分のルールで人を裁くべきではないし、周囲のルールで自分が裁かれるべきでもないと思う。

自分は自分のルールで生きれば良いし、他人は他人のルールで生きているのだ。