やっぱり学歴なんて関係ないよなって思った話

思うこと

こんにちは!トモローです。

 

ブログの更新がピタっと止まってしまいました!

というのも、ここ2週間程インドに行っていて、今日帰ってきたところなんです。

じゃあ、インドの記事さっそく書けよって話なんですけど、また旅とは関係ない話。

一体このブログのメインは何なのか。。笑

 

さて、今日書きたいのは、テーマにある通り学歴なんて関係ないよなって思った話です。

実は昔にも学歴について書いた記事があります。

学歴について最近思うこと

前回は学歴というものの性質と学歴ってないよりはある方が人生にとって便利という風な書き方をしました。

今でもその考えは変わりません。

もちろん学歴が高い人というのは人生において学歴が低い人よりは俗に世間一般のいう「成功」に近づけやすいと思います。

しかし「成功」=「幸せ」ではないということが前提です。

その成功の裏に家族との時間を犠牲にしていたり、多くの従業員を抱えるということはその人達の人生を抱えることと等しく、そのストレスを日々背負わなければならなかったり、資金繰りに毎日頭を悩ませたり、持ってしまったがゆえに失うことの怖さにおびえたり。そういったネガティブな面も成功は持ち合わせているということを忘れてはならないと思います。

それに耐えられるだけの精神性があればいいですが、無い人が成功してしまうと、逆にストレスでやられてしまうかもしれません。

それは決してその人にとって幸せではないと僕は考えます。

 

僕が今日特に学歴について書きたいことは、学歴が無い=ダメと思わないで欲しいということ。

日本の社会は特に学歴重視だと思うけど。

学歴って単に頭が良い、もっと極端に言うと、人よりインプットとアウトプットに優れているだけの話。

たったそれだけですよね。

もう、インプットとアウトプットなんてとっくに機械の方が優れている時代なのに、未だに脳みそのインプットとアウトプットの容量比べしてる。

今の時代、ネットで調べたら秒で出てくる情報を頭に入ってるか入ってないかで優れているかどうかを判断するのは少しずれてるんじゃないかな。

これって、銃が生まれる前は武芸に秀でてた人間が武将として地位を確立していたけど、銃の発明によって、銃を持った足軽の方が武将より強くなってしまった。

そんな時代に銃を使った戦略を学ばずに、毎日木刀を振って身体鍛えているようなものですよね。

 

学歴は平均でしか見られない

例えば、ここにとってもとっても数学ができる学生がいたとする。めちゃくちゃ天才的に数学ができる。

その一方で、他の教科はてんでダメ。

そんな時、大学受験をしても平均で何点以上取らないと合格できない彼は数学が100点でも、後が低ければ不合格になってしまう。

(※そんな人のための特別な受験システムもあるとは思うけどここでは一旦無視します。)

それでは彼は落伍者なのか?多分世間一般は彼にそういうレッテルを貼ると思います。

しかし、もしその彼が数学でノーベル賞を受賞したら?世間の彼の目を見る目は変わるでしょう。

もし彼を落とした大学はとても悔しがると思います。彼が自分の大学に在籍していたらよい宣伝になるからです。

学歴はその人の素晴らしさを表す物差しにはなりえないのです。

 

学んだ事以外はできないと思い込んでしまう

日本の教育は本当に論理的に作られています。

これではロジカルシンキングは鍛えられるかもしれませんが、クリエイティブシンキングは全く鍛えられません。

戦後の焼け野原から復興するまで、日本はアメリカなどの国を見習ってやってきました。

そこには事前にアメリカという答えがあるのです。

どうすればアメリカのようになれるのか。ロジカルシンキングで解決できたため、日本の経済は高度経済成長にまで発展しました。

しかし、他の国と同じように成熟国家に成長してしまった日本は見習う国がありません。

答えがないのです。ここでクリエイティブシンキングが必要になります。

クリエイティブシンキングを持ち合わせていれば、解の無い問題を自分の力で解く能力が備わっているため、だからアメリカはiphoneやamazon,テスラなどといった世界的大企業が生み出せるのだと思います。

もちろん僕はソニーとか任天堂も尊敬しているけど。

クリエイティブシンキングの良いところは答えが無いんだからやってみないとわからないというところ。

やってみないとわからないから、実際にやってみるそうして失敗したり、成功して次につながる。

でも、日本のロジカルシンキング的な教育だと、答えがない=解けないとなってしまうので、やろうとしない、挑戦しない。

知らないコト=できない頭になってしまっている。

ちょっと物が壊れてもすぐに高額なお金を払って修理に出したり、新しい物を買い求めたり。

そのおかげで経済が回るのはいいのだけど、頭を使わないのはどうなのかなと思う。

昨日まで行ってたインドなんか、修理に払うお金もないし、新しい物を買うお金もない。

だから自分達でなんでも治しちゃう。治せるものもあれば治らないものもあるけど。

とにかくやってみる。それが素晴らしいと思う。

やればできるのにやらないのは、日本の教育がインプットとアウトプットを重視しすぎたせいだと僕は思っています。

 

学歴が全てじゃない

日本の社会は学歴が高ければ高いほど、よっぽど変わった人じゃなければ大企業に勤めることができます。

でも、それが本当に幸せなことなのか。

僕は人生で一番大切なことは幸せな人生を生きる事だと思っています。

そこでお金こそが幸せっていう人はお金のために生きればいいと思います。

皆が皆お金こそが幸せって考えてるとは思えません。

絵を描くことが幸せな人、パンを焼くことが幸せな人、走ることが幸せな人、他人と話すことが幸せな人、色んな幸せの形があります。

それなのに、人生で最もパワフルで快活な子供の時期をずーっと勉強ばかりして過ごすってもったいないんじゃないかって。

もし自分が何に幸せを感じることができるのか若い内に知れるということは素晴らしいことだと思います。

もっと、自分の人生を「幸せ」で満たして生きて欲しい。

勉強も大切です。あなたの幸せも大切です。

そんな風に最近思いましたって話。