どうしてフィンランドは教育で世界一になったのか

人生論

こんにちは!トモローです。

 

この前、チラッと開いたフェイスブックでたまたま友達がリンクを載せていて記事が結構衝撃的だったのでシェアしたいと思います。

その内容が「どうしてフィンランドが教育で世界一になったのか」というもの。

動画でサクッと見れるので、時間のある人は動画もどうぞ。

 

どうしてフィンランドは教育で世界一になったのか

宿題が無い

宿題が無いって衝撃。。。

僕は今まで、勉強っていうのは予習して、復習して、そうやって何度も頭に入れることで、脳がこの情報は重要な情報なんだ、覚えなくちゃいけないんだって理解することで記憶に定着すると思ってた。だから、学校で授業を受けて、家で復習のために宿題をする。これが勉強の王道だと。

塾に行く子が成績がいいのは、頭が良くて塾に行ってるのではなくて、家でも学校でもさらに塾でも勉強しているから。

単純に、強制的に勉強をしている時間が人より長いから、だと思っていたし、今でもそれはそう思う。

ただ、この動画で考えさせられたのは、人間ってもっと自然的なものだということ。

人生において子供でいられる時間は限られている。その貴重な時間を部屋の机の前に座らせておくなんて、よく考えたらどうかしてる。

もっと外に出て、空を見たり、大地を走ったり、花の匂いを嗅いだり、色んな昆虫と出会ったり、友達と遊んで、身体を動かして、絵を描くのが好きなら絵をかいて、歌って。

そうやってもっと勉強以外の”本当のこの世界”と触れる時間こそが自然な子供のあるべき姿なのかなって思った。

動画の途中に先生が「脳も休ませる必要がある」と言っていたけど、確かにその通りだと思った。

人間がずっと走り続けられないように、脳もずっと勉強はしていられない。脳にも休息が必要。

フィンランドの教育・生活は脳をほどよく休息させ、リフレッシュした集中力ある状態で勉強する。

このメリハリが勉強の質を上げているのかもしれない。

 

学校を設立し授業料を取るのが違法

新しく学校を設立して授業料を取るのが違法なフィンランドでは私立学校がほとんど無い。

他の国々では裕福な親は子供をお金はかかるが質の高い教育が受けられる私立学校に通わせ、そうでない子たちは公立学校に行く。

しかしフィンランドでは裕福な家の子供も公立学校に通う。

様々な境遇の子と一緒に育ち、裕福な大人になっても他人の境遇を尊重できる人になる。

 

統一テストの廃止

テストで点をとる訓練は教育ではない。

生きることとは幸せになること。決してテストで高い点を取ることではない。

学校は勉強を教えるところではなく、生徒自身が一人の人間として生きる幸せを学ぶ場

 

学校は幸せになる方法を見つける場所

学校は決して勉強だけを教えてくれる場所ではない。どうすれば幸せに生きてゆけるのかを見つける場所。

幸せの感じ方は一人ひとり違う。その一人ひとりがどうやったら幸せになれるか見つけるということは、生徒の数だけ”授業”があるということだ。

もちろん言葉通りマンツーマンで授業を行うわけではない。

先生というのは子供が幸せになる方法を見つける手助けをする存在。その先生が生徒一人ひとりを個別の人間として尊重して対応しているということ。

学校教育の単位は1クラスになることが多い。しかし1クラスには40名の子供達が存在する。40の人生が存在する。

それをまとめて1つの単位にしてしまうのはおかしい。

一人ひとりの性格や能力を見極めて、一人ひとりがどういう人生を歩むことが一番幸せになれるのかを考え、先生や学校は授業を用意している。

 

 

まとめ


フィンランドの教育、学校の先生の意見を見て思ったのは、子供達の幸せを最優先に考えているということ。

学校=子供が勉強する場所という固定概念があるが、フィンランドの学校という固定概念は全く違うもののように感じられた。

子供は勉強を学ぶ以上にどうしたら幸せになれるかを学びにくる。それは自分の好きなものは何かを探すことだったり、友達をつくること、絵を描くこと、運動することだったりいろいろ。

先生はその手助けをするために存在している。

子供が子供でいれる時間は限られている。その貴重な時間を子供らしからぬように過ごすのは自然ではない。

もっと子供が子供らしくいれるようにしたのがフィンランドの教育で、子供が子供らしく生きることこそ本当の能力が発揮できるということが分かった。

脳を休めて、もっと人間らしくあること。それが本来の人間の生き方なのだ。

実はその方が脳はリフレッシュし今まで以上の能力が発揮できるのかもしれない。