都市と田舎と日本人

人生論

こんにちは!トモです。

このブログは大学生活を過ごされている年代の方に、人生で早めに知っておけば得をする?的な情報を発信できればと書いているブログです。

が、今日はどちらかというと個人的に面白いなって考えたことを書いた内容になってます。。笑

都市と田舎と日本人

今日書きたいのは都市と田舎と日本人について。

最近、なんで都市と田舎というものが生まれるのかなとか、そこに住んでる人たちのマインドはなんで変わってくるのかな?とか考えてました。

自分のイメージでは都市に住んでいる人→せかせかしてて、意識高い、的な感じ。

反対に田舎に住んでいる人→のほほんとしてて、意識は低くないけど現状満足、的な感じ。

現状満足と書くとなんだか差別的な表現にも聞こえそうですが、そう言いたいのではなく、要は足るを知っている、人生に幸福感を感じて生きている人が多い、って感じで勝手に捉えてます。

で、なんでこんな違いが生まれたんだろうって一人でつらつら考えていて、一つの道が見えた。勝手に。笑

都市

元々日本で都市ができたのは江戸時代。

江戸時代の江戸は世界でも類を見ない、3000万人の大都市が形成された。

これは江戸で生まれた人が多くてそうなった、というよりは、地方から江戸に来た人も多くて人口が増加した、と考えるのが普通ですよね。

ということはみんな江戸に移動してきた。

ではその移動してきた理由はなんだったのか。

僕が思うに(勝手にですよ笑。なんの根拠も証拠もありません)、多分みんなチャンスを拾いに来てたのだ思います。

現代でも上京って言葉があるように、上京すれば仕事がある、学校がある、チャンスがある、と信じています。

地方で生活をしていた人が、一発当てたいというか、江戸に行けば人生が変わりそう、仕事がもらえそう、成り上がれそう、的な発想でみんな現代と同じ理論で江戸を目指したんじゃないか?

その背景には、もちろん江戸が「首都」だったということもあり、そもそも人口が多かったという前提があると思いますが。

つまり、前提として人が多いということは、取引が多いということ。取引とは何かを売買したり、商売したり、物や情報が行き交ったりすることを指します。

取引が多いと、お金の交換、情報の交換が増える。それらが増えると経済が大きくなる。経済が大きいところには自然とチャンスも増える。

そのポテンシャルが江戸や、京都、大阪にはあったから、人々がさらに移動して、人口が増えて、取引が増えて、さらにチャンスが増えて、その好循環で人が増えたことが大都市形成の要因だと、僕は思います。

識字率の向上

では、人が増えて、都市が形成されて何が起きたか。

僕はここで識字率が向上したのだと考えます。

地方で農業をして生活している人々は、言ってしまえば言葉が話せたら生きていけるわけで、文字を読めなくても大丈夫だった。差し迫って文字を読む必要もなかった。

しかし、都市では話せるだけでなく、文字を読めないと仕事にならない、生きていけない。

それで文字を読むということが増え、大都市に住む人の識字率が一気に加速したのだと思います。

インテリが生まれる

識字率が向上したら何が起きるか。それは賢い人が生まれたんじゃないでしょうか。

地方で農業をして生活をしている人の中にも、賢くなるポテンシャルを秘めた人は当然いたと思います。

ただ、やっぱり地方で米を育てて生活している人の中に、差し迫って賢くなる必要はなかった。

しかし、都市では賢いと良い職業が得られたり、商売をうまくできる可能性がある。

識字率が向上して人々の知性も比例して向上、その中に突出した人も生まれてきた。

情報の出会いがイノベーションを産む

そうして賢い人が何人も出てきて、人々が情報を共有することで、僕はイノベーションが(都市の中の)各地で生まれたのだと思います。

僕はインターネット誕生を知のビッグバンと勝手に読んでます。笑

なぜなら、知識、情報というのは掛け合わされて初めて効力を発揮すると考えています。

よくイノベーションやアイデアというのは既存のアイデアの組み合わせとも言いますもんね。

そして、情報というのはそこらへんに落っこちてる訳ではなく、情報は人が持っている。

だから人が出会うということは、情報が出会うということ。

人が多く住んでいる都市では情報が出会う可能性も増える。

そして多くの情報がぶつかり、多くのイノベーションが生まれた。

それが技術革新を産んで、さらに都市を発展させたんじゃないでしょうか。

ちなみに、実は農業の収穫率は都市と田舎では都市の方が良かったそうです。

これは効率的な方法、生産性を重視した農法が都市にはあったから、なのかとも思います。

つまり情報が出会い、イノベーションが生まれて、賢い人々が賢いやり方で農業の収穫率を高めていた。

となると、それを聞きつけた田舎の人々は、都市に行ったら今まで以上に収穫できるそうだぜ!ってことでさらに都市に人が集まった。笑

都市は人が死ぬのも早い

ここまで書くと都市っていい事ばかりじゃんとなりますが、実は負の側面も。

都市に住む人々は死ぬのも早かったそうです。

え?賢い人々が技術革新起こして、賢く生きてたんじゃないの。都市の方が絶対寿命長い、ってそう考えられそうですが。違ったそうです。

今でこそ日本は公衆衛生の大家みたいなところがありますが、公衆衛生の概念が生まれたのはまだまだ近年になってからで数百年前はそんな考え方がなかった。

なぜなら細菌なんて目に見えないですもんね。

となると、感染症や病気、風邪が簡単に伝播して、医療も発達してないから、人は簡単に死んだ。

しかも都市は人口が多い分、感染拡大が早かった。

今コロナの感染拡大がやっぱり都市に集中しているのは、人口密度と大きな関係があることは火を見るより明らかですもんね。

そしてまたイノベーションが生まれる

はい。ここで二度目のイノベーションです。笑

人が簡単に死ぬということは、人の移り変わり?世代交代みたいなものも早かった。

また、現代と違って人の寿命は短く、儚いものだと肝に銘じられている人々なので、人生のその貴重な時間を有意義に過ごさねば感は現代人より遥かに大きかったと思います。

そういう人々が真剣に生きる。そしてどんどん世代交代して新しい人々が活躍する。

それがまたイノベーションにつながったんだと思います。

アメリカと日本でなんでアメリカはイノベーションがあれほど生まれるのかというと、一つは教育と言われてますが、もう一つは社会の人流だとも思います。

アメリカの企業は簡単に社員のクビを切ることができる。成果を上げていなければ。

だから、アメリカで働く人は真剣に働く。それでも成果が出ないとクビ。そして新しい人が入ってくる。

この人の循環と真剣に働く人々というのが、イノベーションを産んでると僕は思います。

一方で日本では、、簡単にクビにできない。成果主義と言っても給料が増えるくらい?

頑張っても頑張らなくてもなんとか会社に残れる。倒産しなければ。

ってことで、真剣に働かない。しかも人の交代もあまりない。ってのがイノベーションを産まない、生産性の低い日本社会を作り上げているのじゃないか、と思います。

ってことで、都市が発展するのは当たり前で、そこにチャンスを目指して人がやってくる。

集まった人々というのは、安泰?な地方、故郷を捨ててまで都市に出るぞ!という気概を持った人々ですから、やる気満々。モチベーション絶好調。笑

それが都市であり、都市に生きる人々の気質。それが脈々と受け継がれたのが現代の大都市と大都市に集まる人々。

上昇志向マックスの人々と土地こそが「都市」というもの。

田舎

一方で田舎や地方と呼ばれる農村地帯はどうだったのかというと。

都市とは真逆ですよね。

先祖代々脈々と受けつだげれてきた土地を受け継いで、耕して、作物を収穫して、そうして生きてきた。

多分、都市の空気や肌感が合わない人も、農村にやってきたんじゃないでしょうか?

逆にやる気満々な人は農村のこうしたゆっくりと流れる時間の中に身を置くことがストレスで、刺激とチャンスを求めて都市へと出ていった。

これが都市と農村の二極化を産んでいったんじゃないでしょうか。

農村の人々は先祖の、親のいう事をしっかりと聞いて、育ってゆく。

反感してたら生きていけないから。

村八分という言葉があるように、集団に馴染むように、集団からはみ出ないように、として生きるのが、生存戦略の基本だった。

また、農村は人口密度が少ないため、都市よりも感染症などの伝搬は緩やかで、死亡率も低かった。

実は先に都市の話をしたけど、1800年代くらいまでは日本の8割は農村と農民。

なので、日本人の気質はどちらかというと、農村農民気質。

地租改正などで租税が米じゃなく現金になってから、みんなが畑を耕すことよりも、効率よくお金を稼ぐ方に目がいくようになってから、近代化の波に相まって日本が一気に都市化していったのだと思います。(個人的な見解)

都市と田舎ではそこに集まってくる人々の気質が違う。

もともと日本人は農村農民気質。だから学校でも会社でも社会でも、はみ出さないように精神が強い。

そんなことをふと考えました。

って話でした!

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