幸福の基準は笑顔になれるかどうか

人生論

こんにちは!トモです。

今日は「幸福」って結局なんなんだろうって考えたことについて書きたいと思います。

幸福の定義は人それぞれ違う

幸福ってそもそも万人に通用する定義はない。

つまり、幸福とは○○です。と断定して言うことは不可能。

念のため広辞苑で「幸福」と調べたら次のように出てきました。

心が満ち足りていること。また、そのさま。しあわせ。「―を祈る」「―に暮らす」「―な人生」

出典:広辞苑

心がどうしたら満ち足りるか、人それぞれ違いますもんね。

美味しいものを食べた時、試験に合格した時、ゲームをクリアした時、勝負事に勝った時、天気が晴れていた時。

だから幸福とは客観的断定にあらず、常に主観的断定に存在する。それが幸福の大前提。

お金=幸せとは限らない

幸福や幸せの尺度を測るときによく用いられるのがお金。

お金があればあるほど、できることが増えるので、それだけ自由が増す。

人は自由であればあるほど自分の好きなことができるので、それはつまり幸せじゃないかと。

一理あると思う。あると思うけど、それでもやっぱりお金と幸せをつなげて考えてしまうのは少し危ない。

なぜなら、お金がたくさんある状態が幸せなんだ!って信じて、お金を稼ぐことだけに必死になって人生を走り続けたとする。

その間に、会社の同僚を蹴落とし、人を騙し、家族を放ったらかしにして、自分の健康も顧みずにがむしゃらに働いて、そうしてようやく大金を掴んだときには、周りに誰も残っていなかった、、自分は健康を害して体も心もボロボロになっていた、、みたいなことになる。

その状態って果たして幸せなんだろうか?

人生でお金について考えることは大切。ただ、それと同じくらい家族(愛)とか、友人(友情)とか、健康とか、仕事とか、幸福についても考える必要がある、と僕は思います。

そのどれか一つだけが突出していたとしても、それはアンバランスな状態で。できれば、全部が安定して向上していければ一番いいのかなっても思う。

結局笑顔が一番

ここで、今日のテーマになるのですが。

じゃあ、結局幸福でいるためにはどうすればいいのか。

最近ちょっと面白いこと?に気づいたのですが。僕がブログのキャッチ画像を差し込むときによく使うフリー素材のサイトがあるのですが、そこで「幸福」と検索してみました

すると、人の笑顔ばっかりが出てきたのです。

お金とか、高級車とか、美しい景色とか、美味しい食べ物とか、そういったものは出てこずに、人の笑顔だけ。

それでなんだか腑に落ちたんです。

そっか、結局その人が笑顔でいるかどうかが幸福かどうかの一つの尺度なんだって。

みなさんの最近はどうでしょうか?今、笑顔ですか?笑

って話でした!

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