自分にとっての幸福な生き方とは何か

人生論

こんにちは!トモです。

「幸福」って人生のテーマと言っても過言ではないような。

誰だって幸せに生きたいもの。

じゃあ、どうしたら幸せに生きられるんだろうってことをふと考えました。

成功と幸福は一緒?

日本で人生のサクセスロードテンプレートと言えば、「いい大学卒業して、いい企業に勤めれば、いい給料がもらえて、そうしたらいい生活ができて、幸せに生きられるよ」だと思います。

この「いい」を翻訳すると、「賢い」大学を卒業して、「有名」な企業に勤めれば、「高い」給料がもらえて、そうしたら「幸福」な生活ができて、幸せに生きられるよ。だと思います。

じゃあ、幸福は生活を送るためには下の3条件が必要ということ?

  1. 賢いこと
  2. 地位を得ること
  3. 富を得ること

や、これ俗に言う、成功者を表す言葉代表の「地位・富・名声」やんって思いました。笑

1−3を満たせば、名声も自ずと手に入りますもんね。

じゃあ、成功と幸福は同じということなのか?って疑問が浮かびますよね。

僕は違うと思います。と言うよりも世間的に成功者になれば幸福になれると思い込んでる人が多いんじゃないかって思います。

それは、他者よりも優れているという優越感であって、幸福ではない可能性があります。

この世には成功して幸福な人もいれば、成功して不幸な人も、成功せずに幸福な人、成功せず不幸な人、いろんなタイプがいると思う。

世間のニュースに目をやっていれば、なんであの人がこんなことをってニュースがたくさんあることがいい証拠だと思います。

ということは、成功と幸福は一緒ではないと言える。

どちらも主観的な断定でしかないので、成功したら幸福という価値観を持ってる人にとっては成功と幸福が一緒のもの、っていう人もいるとは思いますが。

言葉の定義の問題だと思います。

自分にとっての幸福とは何か?

世間一般で言う成功像「地位・富・名声」を得ることが幸せとは限らない、とわかったら。

じゃあ、自分の幸福とは一体どこにあるのか。なんなのか。

僕は、なんとなくですけど、「それ」は「自分が生まれ持ってきた才能」「自分の強み」「自分の好きなこと」「自分の熱中できること」「自分の情熱が湧くもの」にヒントがあるんじゃないかって思います。

誰しも、子供の頃を思い出すと、自分ってなんだかこれが得意だったよな、とか、これしてる時間が一番好きだったよな、とか、あると思います。

人それぞれ何かしらの「それ」を持って生まれてくるのだと僕は思います。

そして、人生で「それ」と関わっていられる時間こそが「幸福」なんじゃないかなって。

よく考えたら世界に70億人の人類がいて、その人たち全員が求めるものが「地位・富・名声」の3つしかないなんて話ないよなって思う。

幸福に生きるためにつきまとう問題

成功と幸福が一緒じゃないかもしれないってことがわかって。

じゃあ、幸福とは何かって言うと、「それ」に携わってる時に一番情熱が湧く、集中できる、ワクワクする、ことをしているとき、なのかなってことがわかって。

ここで、問題が起きる。

果たしてそれで生きていけるだけの金が稼げるのか。

はい、人生で一番大事なテーマきました。お金が稼げるのか。

や、さっきから富を得ることが幸福につながるわけじゃないって話しといて、なんでお金のこと言い出すのって思いますよね。笑

結局お金なの?って。

世の大人達が声を大にして言えないから、僕が代わりに言います。

世の中結局お金です!

というか、貨幣経済の世の中で「生きる」と言うことは「お金を得る」と同義だと思っています。

なぜなら、この世の中何をするにもお金を支払う必要があ流ので、と言うことはお金を持ってる必要があって、それはつまり、結局どこかでお金を得る必要があると言うこと。

よく、自給自足って話があるけど、自給自足するための食物の種や道具を買うのにお金がいるし、万が一そこでお金が必要なかったとしても、生活の水光熱費を払うためにお金がいる。

もし電気は火、水は井戸水、ガスも火、みたいな生活をしたとしても、家は手作りのほったて小屋だったとしても、その土地を借りていればレントを支払わないといけないし、土地を所有していたとしても固定資産税を支払わなければならない。

年金、保険。つまり何をどうしようと生きてる以上、どっかでお金を支払う必要がある。

なので、僕たちは生きるためにお金を得る必要があるので、仕事をする。

そこで、です。

人の一生の中で一番時間を使うのが睡眠。人生の3分の1人は寝て過ごす。

その次が多分仕事。

ってことは、この仕事時間が幸福か幸福じゃないかで、人生総合的に幸福か幸福じゃないかが左右される。

じゃあ、仕事はできるだけ幸福な方がいい。

と言うことは、自分が幸福を感じる仕事にした方がいい。

つまり、情熱が湧く、ワクワクする、集中できることを仕事にした方がいい。

で、問題が起きます。

1、そううまく仕事に就けるか。

2、そううまくお金を稼げるか。

1、そううまく仕事に就けるか

自分の幸福になれる仕事の分野がわかったとして、その仕事につけるかどうかわからないですよね。

もはや運も必要。もしつけなかった時は、したくないことして幸福じゃない人生が待ってる。

じゃあ起業して自分でその仕事を作っちゃえばいい。そうしたら2番。

2、そううまくお金を稼げるか

起業したとして、それできちんと食べていけるだけの、生活していけるだけのお金を作ることができるか。

そしてそれを死ぬまで続けられるか。

人生とは残酷です。

仕事につけないか、お金を生めなければ、幸福じゃない人生を選ばなきゃならないってことだから。

ここまで書いたことは、多分世の中の大多数の人が意識的か無意識的かに関わらず理解していると思います。

だから、人が幸福な道を選ぼうとしたときに、特に身内や息子娘が幸福な道を選ぼうとしたときに、それを阻もうとする。

幸福な道は大抵安定して無そうに見える道だから。

その安定して無そうな道を選んで、どこかでつまづいて行き詰まったら、、、人生詰む。

なら、少しでも安定してる道を選んで欲しい、と思う。

そうして、安定してる道である成功ロード、つまりいい大学→いい企業→いい給料→いい生活の道を促してくる。

そういうことなんだろうって、なんとなく最近わかってきました。

それでも幸福の道を選ぶべき

でもね、僕は思います。

みんな何かしらの「それ」を持って生まれてきてると思う、って言うのには訳があって。

例えば、紙には紙の役割があって、ペンにはペンの役割がありますよね。

紙はペンになれないし、ペンは紙になれない。お互いがお互いの役割を活かして初めて紙に何かを書くことができる。

自分の役割を全うすることで、うまくいく。

物に限らず、自然界もよくみたらそうなってる。お互いが自分の役割を果たして、循環してる。うまくいってる。

だから、人にも、自分には自分なりの、彼には彼なりの、彼女には彼女なりの、何かしらの役割のようなものがあって、それをきちんとこなすから、自分は自分に、彼は彼に、彼女は彼女になるってことなんじゃないかなって。

僕がアメリカの大統領になろうと思ってもなれないように、僕にとってアメリカの大統領というのは僕の生まれ持った役割ではないように、そしてその役割を生まれ持った人間がアメリカの大統領になるように。

僕には僕なりの役割が何かしらあって、その役割こそ、さっきから言ってる「それ」であり、自分の幸福の道なんだと、僕はそんな解釈をしている。

じゃあ、自分の役割、幸福の道があるのに、それを差し置いて、世間一般の成功ロードを歩こうとした時、果たしてそれは正しい道なのか?って思ってしまう。

自分の幸福の道を選んだ人は、大抵「道を外した」とか言われがち。でも、本当は世間一般の成功ロードに足を踏み入れた人こそ、(自分本来の幸福の)道を外してしまってるんじゃないだろうか。

いかに生きるべきか

自分の幸福の道を選んでもお金を稼げずに、生活がままならなくなっては現実的に生きてはいけない。

かといって、世間一般の成功ロードを選んで生活はままなっても、全く幸せを感じなければそれは本来の人生を生きてることにはならない。

いやいやいやいや、じゃあどうしたらいいねん!って突っ込みたくなりますね。僕もなります。

人生とは残酷です。全然イージーモードじゃないから。

僕なりの答えとしてはバランスなのかなって思う。

もちろん理想は、自分の幸福の道を選んで、お金もしっかりと得られて、生きていけること。

それは最高の人生。でも、そううまくいかない、かもしれない。ただうまく行かないかもしれないからって安易に成功ロードに足を突っ込むのもいけない。

現実を見て、お金を稼ぐ手段も持つ必要がある。しかし人生とは幸福になることなので、自分の幸福の道にも携わり続けた方がいい。

そうして、もし幸福の道でも生きていけそうだってなれば、どんどん幸福の道に寄って行った人生にしていければいいんじゃないかなって、思います。

この壮大な問題に正解なんてないし、ましてや仏陀でもキリストでもない僕が答えを持ってるわけもない。

ので、みんなが自分自身と対話して、道を決断していくしかない。

でも、一つだけ言いたいのは、自分の幸福を決して蔑ろにしないで欲しいってことだけ。

生きるとは幸福になることを忘れないで欲しい。

って話でした!