書評-好きな事だけで生きていく。

書評

こんにちは!本好きのトモローです。

今日ご紹介する本は、堀江貴文さんの「好きな事だけで生きていく。」

少し前に、Youtuberが同じようなことをコンセプトとして、情報発信して一時期話題になりましたよね。

ネットの発達でノマド、シェアリングワーカーの存在が大きくなってきました。

僕もそれを目指している一人なのですが。

堀江さんて賢いし、言いたい事はズバっと言うから結構好き。

なんで、そんな堀江さんが「好きな事だけで」ってテーマにどんな事書いてるんだろうと思って読んでみました。

 

好きな事だけで生きていく。

 

好きなものと見つけるために、少しでも興味のあることを手あたり次第にやっていくことしかない。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という格言には、一面の真理があるのだ。

そして、人生の早い段階でできるだけ早くに何かに打ち込んで、小さなことでいいから結果を出して、「成功体験」を積むこと。

僕も大いに賛成だ。とにかくやってみること、やってみないと得手不得手、好き嫌いはわからない。頭で考えるのではなくて、とりあえずやってみること。

そして、どんなことでもいいから成功体験を積むこと。成功体験は自信という大きな武器になる。

しかも、成功体験で得た自身にカテゴリーやレッテルは付属されない。どういうことかというと、小さな頃に水泳の大会で1番になる成功体験をしたとする。

すると、「僕は1番になった」「やればできる」という自信が生まれる。そこに”水泳で”という文字は無い。

ここで得た自身は今後他の事に挑戦する時にも大いに役に立つのだ。

 

企業側は熾烈な「ユーザーたちの時間の奪い合い」を繰り広げているわけだ。

ユーザー(僕ら一般の人達)は1日24時間を使って生活している。

24時間の内、睡眠に8時間使って、食事に2時間使って、通勤に1時間使って、、、

そうして残された1日の自由時間とは大体3時間ほどになる。

その3時間でゲームをしたり、漫画を読んだり、情報を集めたり、資格取得の勉強をしたりする。

企業は作る製品やサービス、個人のブログなどもそうだが、何らかの作り手たちは、その一般の人達の自由時間の奪い合いに勝たなければならない。

そのために面白いモノを興味を持ってもらえるモノを作る必要があり、それを作るには、作り手側に大きな志や情熱が無ければならない。

その大きな志や情熱の源になるのが、「自分の好きな事」なのではないかと僕は思う。

 

学校というのは、僕には個を潰し、ひたすら「就職活動に有利な人材」「無個性な人材」を育成するだけの場所に見えて仕方ない。

日本の教育はインプットアウトプット重視の教育になっている。これは世界的に見ても異質みたいだ。

論理的思考は身に着くが、クリエイティブ思考が身につかない。

戦後の焼け野原状態から高度経済成長期の間は、アメリカなどの先進国に見習って、わからないこと、知らない技術を覚えて、改良してやっていく必要があったから、

その時代には、この能力は大いに力を発揮する。しかし、今成熟国家となった日本でこの20年続くデフレを解消するには、今までにない大きなイノベーションを起こす必要があると思う。

そのためには、もっと発想力豊かな、クリエイティブシンキングが求めらるのではないだろうか。

どこかに答えがある問題ばかり解いてきた日本人には、この答えのない問題を解決する力に欠けているような気がしてならない。

 

学校の先生も不要になりつつある。

すでにネット配信によって無料で質の高い学校の授業が動画で受けられる時代になった。これからAIやそういった技術が進化していけば、

いずれ、ハイクオリティの授業を動画で残し、生徒は好きな時間に、好きな場所で授業を受講することができるような学校も出てくるだろう。

 

学校で、苦手な事を勉強する時間にはなんの意味もない。

確かに、大人になってから言われることに「短所を伸ばすよりも長所を伸ばせ」という言葉がある。

僕たちはできることとできないことがある。

できることをさらに伸ばして、社会に良い還元ができる方が、できないことをできようとすることよりもよっぽど良いと思う。

そういう意味で、水泳が苦手なのに無理やり泳がされたり、嫌いな国語を永遠勉強する時間はもったいないかもしれない。

リベラルアーツとして、最低限の教養は必要かもしれないけど、早い段階で専門性を持ってもいいのかもしれない。

 

「ブレイン・コンピュータ・インターフェイス」が進化すれば、脳内でつぶやいたことが瞬時に検索され、その結果が、コンタクトレンズに表示されると言った時代だって来るはずだ。

そこまできたか、と思った。僕も5年前に「これからは一家に一台3Dプリンター」の時代がくると予言していた。

そして、今予言しているのは「一人に一つヒアラブルデバイス」の時代だ。

要はもうスマホやタブレットは古い時代となり、朝起きたら耳にイヤホンを装着する。そのイヤホンには高度なAIが搭載されていて、秘書のように自分の生活をデザインしてくれる。

この話はまた別の記事として書きたいので、今はここで割愛しておくことにする。

 

現代に必要なスキルは、もはや「記憶力」ではなく「検索力」だ。

予言めいた言い方になるが、「ググること」はこれからもっと重要になる。既存の学校教育のように、記憶力をやたらと偏重するなんて、自動車全盛の時代に足が速くても無意味であるのと同じだ。

時代が変化する。ついていけない人間は淘汰される。これは残酷であるけども事実だと思う。

あまりに残酷すぎるから周りの大人も口にしたくない、目をそらしている事実だ。

昔戦国時代に銃が発明され、それ以前は刀でどれだけ強いかが勝負になったけど、銃が現れてからは戦略・戦術が全てになった。いくら刀を振るって強いからといっても、銃で撃たれればお終いの時代となった。

今、沢山の人が多くの時間とお金をかけて英語を勉強しているけども、いつか超高性能な英語瞬間翻訳機能が音声認識アプリや写真アプリに搭載されたら、

相手が話す言葉、自分が話す言葉が一瞬であらゆる言語に翻訳可能、写真で撮った文章も瞬時に翻訳してくれる。そんな時代が来たとき、今までかけたお金と時間は一瞬で無駄になる。

しかし、これがこの残酷な世界の真実なのだと僕は思う。

 

「好きな事だけで食べていくために、売れたり名前を広めたりするには、地道な努力だけでは足りない」ということだ。

どこかでトリッキーな行動を起こしたり、極端なアイデアを発信したり、人とは違うことをしないといけないと、現実的に分かってほしい。

待つ姿勢ではなく、自分からチャンスを掴みに行く姿勢が大事。

好きな事で生きていきたい、でも目立ちたくないは叶わない。

叶うかもしれないけど、数十年かかるかもしれない。

そう考えると、あれもこれもと選んでいてはいけない。どこかで取捨選択しないとだし、リスクも負わないとだし。

 

 

まとめ


考えるだけじゃなくて行動することがなによりも大事

学校教育や社会に従うだけじゃなく、自分の頭で考えること、そして行動すること
技術の進歩は図りしえない、ついていけなければ淘汰される