秩序と礼節

人生論

こんにちは!トモです。

最近、コロナ禍でなかなか海外の人と会う機会がないのですが、たまたまムスリムの人と出会ってお話をする機会がありました。

とてもリベラルな方で何でも聞いてくれていいというので、イスラム教から宗教観についてお互いの意見を交換しました。

そこで面白いなと思ったのが、なぜイスラム教はムハンマドが最後の預言者になったのか、という僕の質問に対しての彼女の回答です。

僕は宗教とは人が作り上げたものだから、ムハンマドを最後の預言者とすることで既得権益を保有して、それ以降権益を有するものが現れないようにとした縛りだったんじゃないかって思っていました。

ただ、イスラム教を信仰する彼女の答えはこうでした。

まず、そもそもなぜ預言者が必要なのかというと、世界は無秩序からスタートしているからそこに知識を与えなければならない。この世に必要な知識を神は天使(ガブリエル)に言葉として授け、そして天使から預言者に言葉が渡る。預言者は神からいただいた言葉をもって民をリードする。これが預言であり、預言者が現れた所以。

モーセやイエス他にもたくさんの預言者を神は遣わせた。そして、その最後となったのがムハンマドである。ムハンマドまでの全ての預言者をもって神はこの地球に必要な知識を全て授けた。あとはあなたたち次第だというフェーズに突入したのではないか。だから神は決して見放しているわけではなく、見ている。しかし、すでに必要な知識を全て授けたため、もうこれ以上預言者は必要ない。だからムハンマド以降預言者が生まれることもない。そして後はアルマゲドンが起きるだけ。

なるほど、と思いました。

神は無秩序な世界に秩序を与えるため、預言者を通してこの世にルールを生んだ。

そして秩序が保たれてきたから、もうこれ以上のルールは必要ないので、身を引いた。

かなり論理的なので腑に落ちました。

エントロピーの増大

この無秩序を秩序立たせるという行為は非常に重要だと僕は思っています。

そもそもこの世界は放っておくとエントロピーが増大していく世界。

つまり、物事は放っておくと何事も全て無秩序に向かって増大する。

人は放っておくと死に至るし、世界は放っておくと犯罪が横行する。

それを食い止めるために、エントロピーの増大を止めるために、人は自制心を持って生きることが大切だし、世界にはルールや法律を作って秩序を保たせている。

今でこそ、こういうことが人間はできるようになったけど、人間世界が始まった当初は知識も法律もルールも何もない世界だった。放っておくと無秩序極まりない世界になる。だから、外部の存在である神がこの世に干渉して、ルールや法律を作ることで秩序を生み、エントロピーの増大を食い止めようとした。

現代のエントロピーとスマートの関係

じゃあ、もはや神が干渉不要だと認めたのだから世界はこのままで大丈夫なのかというと、決してそうではない。

知識は与えられたけど、正しく使えているとは限らない。

だからこそ、まだまだ世界中にはネガティブなことが存在していて、差別や貧困、戦争、環境破壊と人間はエントロピーの増大をしまくっていると僕は思います。

一個人の私生活や仕事を覗いても、人というのは機械ではないのでムダムリムラがある。

このムダムリムラも言うなれば無秩序な状態。

これからはこうした個人の私生活や仕事、そして世界規模での様々な問題を人が解決していく時代だと思います。

そのために日々技術革新は進歩している。

特に今「スマート」という言葉が普及していて、これは何かというと、こうした無秩序な状態、ムダムリムラのある状態に秩序を生むためのもの、それがスマートだと思います。

スマホやインターネット、AIや様々な製品が生活や仕事をスマートにしてくれる。

SDGsというのも、結局この世に蔓延るエントロピーの増大をようやく食い止めなければ、地球は崩壊するという考えから人類がようやく目覚めたもの。

世界中でまだまだエントロピーは増大し続けている。少しでも減少させるために、人類は与えられた知識や知恵を使って対処していく必要がある。

礼節を重んじることこそエントロピーの減少につながる

僕はこのエントロピーの増大を食い止める人間の行いとして大切なのが「礼」だと思っています。

要は礼節を重んじること。孔子の儒学ですね。

なぜかというと、もちろんルールや法律に従うということも、無秩序に秩序を生んでくれはするが、これには拘束というか強制感がある。

それにルールや法律を作る側の意図が働くため、かなり取り扱いが難しい。

第二次世界大戦後のA級戦犯なども、法律が制定される前の事案に対して制定された法律を戦勝国が敗戦国に一方的に突きつけた形になった。※個人的にインド人パール判事の見解が正しいと見た上での発言です。

こういうことがあってはならない。

だからルールや法律というものは取り扱うのが難しい。

でも、秩序というのはその前の段階なのではないか。そもそもルールや法律に則って裁かないといけない時点で無秩序なことが起きているわけで、起きないことが最善。

ではどうすればいいのか。簡単であり、人々が全員、善人になれば良い。

どうすれば善人になれるのか、それは人々が全員、礼節を重んじて生活すれば良い。

礼節の極言は「他人の嫌がることはしない」だと思うし、これはどの宗教でも同じことを言っている。

そして礼節をどうやって重んじられるようになるのかと言えば、家庭教育と学校教育しかないと思います。

もちろん、人は完璧じゃないし、いろんな価値観や考え方の人がいるから、家庭と学校で礼節を教えたら全ての人が善人になるかと言えば、そうはならないと思います。

でも、教えないよりは教えた方がいい。なぜなら、世界は無秩序よりは秩序ある方がいいからです。

みんなが好き勝手のんびり自由に生きた方がいいではいか、って考えもあるかもしれませんが、その先に待っているのは無秩序であり、ネガティブな事象。

ネガティブな事象はできれば少ない方がいいし、理想は起きない方がいい。ならば、起きてから法律で裁く前に、そもそも起きないように人々に礼節が浸透した方がいい。

僕はそんなふうに考えてますね。

って話でした!

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