色んな生き方があっていい。そう教えてくれたフランス人のピエール

フランス

こんにちは!バックパッカーのトモローです。

 

今日は旅で出会ったフランス人「ピエール」との話。

 

ピエールとの出会い in Turkey

ピエールと始めて出会ったのはトルコのカッパドキアでのこと。

朝共有スペースでゆっくりしていると、二人の外国人が重たそうな荷物を背負って現れた。

それがピエールだった。

彼らはまだチェックイン前の時間で部屋に入れず、とりあえず休憩にと共有スペースに来ていた。

どちらからともなく話しかけ、お互いの旅の旅程を話していた。

彼らは、旅行者があまり行かないマイナーな観光スポットを攻めるのが好きみたいで、トルコでも聞いたことのない場所をこれから訪れると話していた。

移動は全てバイクだという。

お互いに旅行好きということもあって話が合い、今日の夜にご飯でも一緒に食べようという話になった。

そこで一旦解散し、彼らは引き続き情報収集を、僕は予定していた観光に出かけた。

僕の旅先での一日は、基本朝5~6時に目覚め、朝食を取ってそのまま昼飯の弁当を作る。笑

その後に軽く情報収集して、7~8時くらいに宿を出発して観光し、15~17時頃には宿に帰るというのが常だった。

早めにご飯を食べて、シャワーも浴びれば、18時以降から寝るまで自由に過ごせる。僕はこの時間が何よりも一番好きだった。

その日も、彼らとの予定時間は夕方だったように記憶しているが、結局14時には帰宅した。

日の当たる屋上でくつろごうと思って出てみると、そこにピエール達がビールを飲みながら談笑していた。

彼は僕を見るなり、「トモ、ごめん!旅程を考えると、もう出発しなければならなくなったんだ。だから夜ご飯には行けない。」

旅は自由だ。僕はノープロブレムだよと答えた。

すると彼は1枚の手紙を取り出して僕に渡した。僕に会えなかった時のために置き手紙を用意してくれていたのだ。

なんて優しいやつなんだピエール!

そこでフェイスブックだけ交換してお別れした。彼はフランスに来るときには是非家に寄ってくれと言ってくれた。

 

約1ヶ月後の再会 in Paris

トルコを離れてからヨーロッパを巡り、西の果てポルトガルまでたどり着いた後、僕はようやくフランスに入ろうとしていた。

フランスの首都パリにはエッフェル塔やシャンゼリゼ通り、ルーヴル美術館と見たい場所は沢山あった。

宿は大体いくらくらいなんだろうと、僕はそこで初めてパリの宿を調べた。

僕のスマホを動かす指は硬直した。高い、高すぎる!!

シーズンを外した6月だったのに、それでも1泊7000円くらいの宿しかみつからなかった。

今まで一番高い場所で、スイスのインターラーケンのドミトリーで1泊2400円だったのに。。

フランスはパスしようかとも考えたけど、ここで突然ピエールのことを思い出した。

彼はパリに住んでるって言ってたよな。フランスに来たら俺の家に泊まれよって言ってたよな。

普通ならそんなことしないのだけど、なぜかその時は勇気が出た。というよりもこれしか方法が残っていなかった。

「Hey pierre. Long time no see. How are you. I’m going to paris in next week. If if you don’t mind can I visit your house? To tell the truth, Accommodation fee is very expensive in Paris. I want to stay at your house couple days if possible.」

「ハイ、ピエール元気?実は来週パリに入るつもりなんだけど、実はパリの宿代がすごく高くて。。もし、もしよければ君の家に数日お世話になれないかな」

僕はダメ元、別に無理なら無理でいいじゃん。て開き直ってメッセージを彼に送った。

恐る恐る開いた彼からの返信には「sure why not」(いいに決まってんじゃん!)とあった。

(実際はもっと温かいメッセージで)

そして日程を調整して、彼の家にお邪魔することになった。

彼とはカッパドキアで半日しか一緒におらず、別れてから1ヶ月以上が経っていたのに、彼は温かく僕を迎えてくれた。

 

ピエールが教えてくれたこと

ピエールとの共同生活で、彼は本当にたくさんの事を僕に教えてくれた。

ホスピタリティ精神

なんだかんだ彼の家には5日もお世話になった。その間彼も仕事があるのに、できるだけ僕の事をかまってくれたのは本当に嬉しかった。

彼の家を訪れた日には、シェアメイトのサムエルとその友人を呼んで、温かい手料理を振舞ってくれた。

観光に行く朝は必ず彼の車で近くの駅まで送ってくれた。

夜観光スポットを調べていると、お勧めを色々と案内してくれた。

パリ最後の日にはわざわざディナーへ連れて行ってくれた。

最後旅経つ時には、ハグとベソをして見送ってくれた。

僕は最初カウチサーフィンのように場所だけ借りて後は自由って感じをイメージしてたし、彼らも「はい、ここで寝ていいよ後はご自由に」なのかなって思ってたけど、彼の家にいる間はずっと気にかけてくれていた。

フランス人には信念がある

ある日、フランスでよく見かける光景について疑問に思って彼に尋ねたことがある。

「ピエール、よくサブウェイで改札を飛び越えていく人を見かけるのだけど、彼らは何をしているんだい?」

ピエールは大いに笑った。

「彼らは、切符を買って電車に乗ることに反対をしている人達だよ。」と言った。

ん?全然理解できなかった。僕らはお金を払ってサービスを受けるのが当たり前だと思っている。でも彼らは違う。

国や政府は国民の安心安全快適な生活を創るためにある。そんな国や政府になぜお金を払うんだと。

彼ら(例えば鉄道会社)は十分に元が取れているはず。だからもうこれ以上払う必要はないと考えている人は、切符を買わずに電車を利用するのだと言う。

日本でいう高速道路問題のようなものか。それでも、捕まらないの?と聞くと、彼はさらに大いに笑った。

「OK,フランス人が大っ嫌いなものを教えてあげるよ。それは2つある。1つは警察。そしてもう1つがルールだ。」

だからといって、もし警察官に何か言われたら反発せずにフレンドリーにやり過ごせば大抵ことはスムーズに運ぶと言ってた。

フランスにはフランスのルールがあるようだ。

彼らは自分が納得していれば従うが、納得しないものには従わないらしい。

 

自由でいい、自由がいい

ピエールは1年に1回職を変えてると言っていた。今は、身体障害のある子どものケアをする仕事をしている。

なぜ1年に1回仕事を変えるの?と聞くと、その方が色んな経験できて楽しいじゃんと言ってた。

仕事はそんな簡単に見つかるかと聞くと、時には簡単だけど、時には難しい。仕事が無い時は自由に過ごせばいい。また仕事は見つかるよって。

あまり将来の事は深く考えない。考えても結局いつどこで何が起きるかは誰にもわからないのだからと。

 

大いに子供心を忘れない

彼の車には何度となく乗せてもらったけど、とにかくテレビゲームのように飛ばす。

しかも彼の車はミッション車。日本はオートマが主流だよというと、オートマなんてあり得ない。とてもボーイングだって。(つまらない)

 

ある時、家でスポーツ観戦をしていた。その時見ていたのはサッカーの試合だったけど、話はバスケットボールの話に及んだ。

ピエールは大のバスケットボール好きらしい。もう目をキラキラに輝かせてバスケットの話に華が咲いた。

あれこれユニフォームなどを見せてくれ、その日の夜は遅くまで二人でYoutubeでバスケットのプレーを見ていた。

 

5日後のお別れ

パリ出発の日、お昼頃の出発だったのだけど、その日たまたま休みだった彼は僕が家を出るまで家にいてくれた。

僕は荷物もまとめきって、ピエールとの最後の会話を楽しんだ。

そうして最後の最後、彼はハグをして、「フランスでは普通に”仲いい”レベルはこれで終わりだよ。でも”本当に仲がいい”間はこうするのさ」と言って、ベソ(ほっぺた同士を合わせる挨拶)もしてくれた。

今まで女性とはしても、男同士がするのはちょっと、って気持ちがあった。でも、ピエールのベソは嬉しかった。

色んな意味での愛情を感じることができた。それは友情であったり、この先気をつけろよってメッセージであったり、感謝だったり。

 

”別れがなくなった”と言われるSNS全盛の今の時代、いつでもどこにいても誰とでも話すことが可能になった。

それでも、やっぱりピエールとのお別れは寂しかった。

ピエールは本当に良い意味で子供でエネルギッシュで、何事も自分の考えや意見を持って行動し、自由に生きていた。

 

「旅は人」本当にそう思う。

どこにいくか何をするかよりも、誰と行くか誰とするかが思い出に深く残る。

旅に出て数多くの人と出会い、それぞれ違った価値観で生きている人たちの世界観を共有してきた。

ピエールも僕の視野を大いに広げてくれた一人になった。

今でも、フランスで過ごした5日間の事はよく思い出すし、それと共にピエールの笑顔が頭に浮かぶ。