東南アジアを旅して僕が学んだこと

放のこと

こんにちは。元バックパッカーのトモローです。

僕の3年半の旅の中で一番居心地の良かったのが東南アジアでした。

人は皆ゆっくり生活しているし、田舎に行けば、日本の田舎を田舎と呼べなくなるような場所に辿りつくし、人は皆笑顔で優しくて、自然がたくさん残ってて、精神的豊かさを感じる東南アジア。

僕の世界放浪はそんな東南アジアの旅から始まりました。

旅は、巡る大陸や、そこで出会う様々な文化や人種から多くの事を学びます。

今回はその、僕が旅で学んだ事の東南アジア編です

 

東南アジアを旅して僕が学んだこと

旅のスキルを得た

詳しい旅のスキルについては、以前に書いた記事(バックパッカーになる前に知っておきたい旅に必要なスキルとは)を参照してみてください。

東南アジアは物価がとても安い。初心者の旅人って体調を崩して宿から出られなくなったり、乗らないといけない飛行機やバスに乗り遅れたりして、いろいろ失敗を経験します。

それでも、失敗しても物価が安いのであまり痛手にならない。そんな東南アジアの旅は、バックパッカーのスキルを磨くのにうってつけの場所だと思う。

なので、皆も東南アジアで沢山失敗を経験して、旅のスキルを磨いちゃえば、世界中どこに行っても困らなくなると思います。

 

足りなくてもよいと思える

日本でも、少し前に断捨離が流行したり、便利なフリマアプリの登場で、個人で物を捨てたり、あげたり、売る活動が増えたと思います。

「少ないお気に入りのものだけを使い、心豊かな生活を送る」ことをコンセプトにしているのが断捨離だと思います。

ただ、東南アジアの国々は日本のそれと違って、そもそも物が無かったり、足りていない

村などに行くと、水や電気といったインフラさえ整っていない場所もまだまだ存在します。だからといってそういった場所で生活している人が不幸せにしているかというと、僕にはそんな風には見えなかった。

その一つの理由に格差が目に見えないこともあるのだろう。

日本だったら、周りのお金持ちがいい車に乗ってたり、よいレストランで食事をしているのが目に見えるし、ネットやTV、雑誌で目に入ってしまう。

すると、そこに嫉妬とか、惨めさが生まれてしまう。

彼らは、村全体が同じような水準で生活しているから格差が無く、ひがんだりすうることがないのかもしれない。簡単に新しい物を買うことができないので、今ある物を丁寧に丁寧に使って生活している。

物や水、電気のを大切に使い、感謝しながら生きていた。

 

ルールは人間が作ったもの

東南アジアを旅していると、信号はあるのに信号を守るといったルールが浸透していなかったり、道路を走っている車同士の軽い接触を何度も目にしたけど、彼らは別に問題にしていないようだった。少しくらい車が凹んでいても気にしない。

バイクに5、6人一緒に乗って走行するのも東南アジアの国々では当たり前のことだし、基本みんなノーヘル(ヘルメットを被らないで走ること、日本では違法)。

そこらへんの子供やお母さんが日本の暴走族よりもよっぽど危険な乗り方をしている。

中でも印象深かったのは、時間について、ある時僕はインド人にこんな質問をしてみた。

「インドはとても時間にルーズだけど、なんで時間を守らなかったり、気にしないの?」

すると、インド人はこう答えた。

「時間という概念は人間が作ったもの。なんで人間が作ったものに人間が縛られないといけないの」

ルールや法律は秩序を生むが、それにばかり従っていては、何も考えない人間になってしまうような気もした。

 

仕事がなくてもよい

日本には、「学生」か「社会人」しかいない。

ラオスでは男たちが仕事もせずに昼から集まって飲んだくれている姿をあちこちで見た。

フィリピンでも女性が一生懸命働いて、稼いだお金は男が使うのだと聞いた。

なんか本当にのんびり生きている人たちを東南アジアでは沢山見てきた。

日本人はほとんど学生を終えると、「生きること=働くこと」が人生になっているけど、人生ってそれだけじゃないんだよなって思わされた。

(もちろんそれが良いか悪いかは別にして)

 

人はみんな家族、助け合うという精神

東南アジアで出会った人々は皆どこか穏やかで毎日にこやかに生活していた。

出店で言葉は通じなくても、みんな笑顔で接してくれたし、僕が犬を怖がっていたら(タイには野良犬があちこちにいる)おばちゃんが追い払ってくれたし、子供を抱っこさせてというと皆普通に抱っこさせてくれた。

ここでは他人同士の見えない壁が薄かったり、殆ど全くない。だから皆相手を信じ、相手と対等に接する。

そもそも東南アジアを旅していると「他人」という概念をあまり感じなくなる。どちらかというと皆「家族」のような感覚で生活しているようだった

ある日宿を出ようとすると、フロントの前で布を広げて宿のオーナーが家族とご飯をしていた。

横を通り過ぎようとすると、彼らは笑顔で手招きして食べな食べなと彼らの食事に招き入れてくれた。

同じようなことは東南アジアでは何度もあった。

フィリピンで聞いた話では、フィリピンはあまり貯金をするという考えがなく、稼いだお金は全て使い切ってしまうのだという。

何か大きな病気をした時はどうするのと聞くと、その時は家族や友達が助けてくれるのだという。

そして、もし彼らが同じようにピンチになった時は、今度は自分がお返しをする番なのだそうだ。

自分の家族だけでなく、周りの人も含めて大きな家族と考え、助け合いながら生きて行くという考えを学んだ。

タイを旅していた時も本当にびっくりしたけど、彼らは損得勘定で生きていない。

宿をチェックアウトして雨が降る中バス停に向かおうとしたら、宿の女性オーナーが車に乗せて送ってくれた。

またある人は、道を尋ねただけなのにバイクで遠いその目的地まで送ってくれた。

彼らは人をお客様とし接するのではなく、一人の人間として接してくれた。

 

 

まとめ


東南アジアは物質的には貧しい場所が多かったけど、人々の心はとても豊かに生きていた。
お金で買えるような幸せはあまり経験できないけども、人間関係を見たとき、とても裕福な関係を構築しているように思う。その方がお金で帰る幸せよりもはるかに大きいのではないだろうか。
東南アジアでは、人や人間関係、生き方のようなものを学んだ。