旅に出て気づいたイメージとリアル

こんにちは!トモです。

 

今日はテーマにあるようにイメージとリアルについて書きたいと思います。

ここで言うイメージとは、何かをやる前に、見る前に、それに対して自分が持っている印象を指します。

リアルはそのまま、実際にやった、見た経験のこと。

例えば、やる前にそれに対して持っていた印象と、実際にやった後に感じるものが違う時ってないですか?

人も同じで、見た目で「この人はこんな人かな」って勝手な印象を持ってたけど、実際に話してみると「こんな一面があるんだ」みたいな。

イメージとリアルって同じ時もあれば全然違う時があるんですよね。

 

旅で経験したイメージとリアルの乖離

例えば、僕が元々持ってたイメージがリアルによってぶっ壊された経験をいくつか挙げてみます。

ボスニアヘルツェゴビナの若者達

ボスニアヘルツェゴビナって国、ご存知ですか?僕がこの国に持っていた印象は「戦争」です。

例えば、第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件が起きたのがボスニアの首都サラエボ。

また、直近では1992~1995までボスニア戦争という内戦もありました。

僕がボスニアを訪れたのは2013年。たった20年前まで戦争していた、僕が生まれた時も戦争していた国なんです。

僕はヨーロッパを周る際に旅のルートでどうしてもボスニアを通る必要があり、ボスニアに入国しました。

正直、ボスニアに入る前はめちゃビビってました。笑

もちろん戦争は終わっているのは知っていたけど、戦争が終わったから「じゃあ、はい平和」とはならないですよね。

ボスニアの現状がどうなっているのか全く知らなかった僕は「戦争」というネガティブなイメージのみを携えていました。

実際にボスニアの首都サラエボに立ち並ぶビルには大きな銃痕が多数残っているのが目視できました。

しかし3泊ほどボスニアの首都サラエボに宿泊してボスニアに対して僕が持った感想は「陽気な若者の町」でした。

僕が宿泊していた宿の周辺にはたくさんのパブがあって、夕方そこらへんを歩くと若者達がビール片手に騒いだりしています。

どこを歩いても、アルコールを飲んで話しこむ、どこにでもいる若者のグループばかりを見かけました。

僕がボスニアに対して持っていた最初の印象「戦争」はもう消えてしまっていました。

 

それほど感動しなかったギザのピラミッド

世界がっかり遺産と言えば旅人の中では有名です。

有名なものに、

シンガポール:マーライオン

ベルギーのブリュッセル:小便小僧

オーストラリアのシドニー:オペラハウス

イタリアのローマ:真実の口などが挙げられる。

実はこのリストの中にあまり登場しないが、ひそかに旅人の中でがっかり遺産だといわれる有名な世界遺産に「ギザのピラミッド」が出てくる。

なぜあれほどの世界遺産ががっかり遺産になってしまうのか。それは簡単で、旅人がピラミッドに対して持っている期待値が半端なく高いのだ。

あまりにも期待値が高すぎて、ピラミッドを見た感動がその期待を超えられないがためにがっかりとなってしまう。

それほどエジプトのピラミッドは有名だともいえる。

僕も世界旅に出る前に、絶対にエジプトのピラミッドは見る!と期待に胸を高ぶらせていた。

「絶対に感動する」というイメージは「エジプト人ウザいな」というリアルで終わってしまった。

ちなみに、ルーブル美術館のモナ・リザの微笑みも旅人の間ではよくエントリーされている。

 

僕の世界旅自体がそうである

イメージとリアルで言えば、僕の世界旅がそうである。

世界一周をするだけのお金と時間はあった。

しかし、僕は英語が話せない、海外に一人で行ったことも無い、トランジットさえできるか不安、宿はどうやって予約するのか、海外で電車やバスは利用できるのか、レストランでオーダーできるのかも不明。

こんな僕が世界一周なんて果たしてできるのだろうか。旅に出る前は果てしなく未知の世界だった。

ダサくてもいいから、危なくなったら帰ろう。

そんな風に考えていた自分が、気が付けば3年半世界を放浪していた。

旅の間、問題は沢山あったけど、実際にやってみたら何とかなるものだとわかった。

 

イメージとリアルは全然違う。だからJust do it!

多くの人が、何か物事に挑戦する前に勝手に持ったイメージだけを頼りに結果を想像していないだろうか。

そしてその多くの結果がネガティブなもので、挑戦を諦めたりしていないだろうか。

僕だって『僕にとって』世界一周なんて到底不可能な夢物語だと思っていた。そんなイメージしか持っていなかった。

でも、実際は3年半世界を放浪したリアルが結果として残った。

僕に想像力が足りなかったわけではない。めちゃめちゃビビる想像ばかりしていた。

僕が諦めなかったのが良かったのか。確かにそうとも言える。

しかし、一番重要なのは「勝手に自分で描いたイメージを無視してとりあえずやってみた」事ではないかと思っている。

本当に旅に出る前、どうやって毎日宿を確保するのか、レストランでオーダーすればいいのか、行きたい場所にどうやって行けばいいのか。そんなこと、全くわからないままだった。

それでも「えいやっ!」っと海外に出てしまった。そうしたらなんとかなったのだ。

もし、宿の探し方がわからないから無理→やめよう。英語話せないから無理→やめよう。電車やバスなんて到底利用できなそう→やめよう。と考えて一歩踏み出さずにいたら、今頃めちゃくちゃしょうもない、ショボい人生を歩んでいたかもしれない。

でも、とりあえず、宿の探し方とか、英語とか、移動とか、そんなもんわからないけどほっといて旅に出たらなんとかなった。

決して挑戦する前に自分の持っているイメージがネガティブだからって理由だけで諦めるのはやめてほしい。結果なんてやってみなきゃわからない。

やってダメだったら受け入れればいい。

そういう意味では少し楽観主義くらいがちょうどいいのかなって思う。

僕は結構楽観主義者だ。なんでもとりあえず自分でやってみようって考えて挑戦する。

だから世界放浪の旅もできたし、オーストラリアのレストランで働くこともできたし、アメリカのグランドサークルをレンタカーで周ることもできたし、世界中に外国人の友達ができたし、インドでバックパックを盗まれてもなんとかやっていけた。

 

考えすぎない。

考えてから行動するんじゃなくて、とりあえず行動してから考えてみよう。

そうしたら人生変わるかも。

って話でした!

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