僕が「学歴」について思うこと

人生論

こんにちは!トモです。

つい先日、後輩から進学の相談を受けました。

「日本の大学って入るのちょっと難しいけど、出るのはスーパー簡単ですよね。しかも大学四年間ってその人の意志次第で勉強しようが遊ぼうが、単位さえ取れちゃえば卒業できる。そんな「学歴」に意味あるんかなって思います。学費っていう金で卒業証明を買ってるようなものじゃないですか。だから大学行く気になれないんですよね」

僕も普段から学歴不要と言ってる人間の一人なので、彼の言いたいことはなんとなくわかる。

でも、それでも学歴(大学に行くこと、卒業すること)はあるならそれに越したことはないとも思っています。

なので、この時彼に答えた僕なりの内容をここにまとめておきたいと思います。

学歴があまり意味ないと考える理由

※まず大前提として「学歴」とは一般的にその人がどういった高校、大学を卒業して何を勉強してきたか、というものを指すと思いますが。
日本人が言う「学歴」とは単純にそういった語彙的なものを指すのではなく、多分「高学歴」のことを指していると思うので、この記事で扱う「学歴」とは一定以上のレベルの大学に(を)入学または卒業した、こととします。

その上で、僕が学歴ってあまり意味がないと考える理由なのですが。

例えば、東大主席卒業できるレベルの人がいたとして、彼は試験当日に体調不良を起こして試験が受けられなかった。浪人する余裕もないので滑り止めで受けた大学に入学、卒業したとする。

すると、社会に出た時、彼は東大生よりも賢い頭脳を持ちながら、東大卒とは言えず、◯○大学卒という学歴を一生背負うことになる。

すると、就職などの時に、面接官は履歴書や簡単な試験、面談でしか相手を判断できないので、彼の能力が図ることができず、もし同じ企業に東大卒がきたら、落ちる可能性が高くなる、のです。

他にも、これは学歴の話ではないけど、僕の友人で帰国子女の人がいます。英語ネイティブなので普通にペラペラ。ただ、日本で進学するためにTOEICを受けたのですが、TOEICではあまり、というか全然良い点が取れなかったそう。すると、英語はペラペラなのにTOEICの点数が低い帰国子女と英語は全く話せないけど、やたらTOEICの点数は高い人が生まれる。この両者が就職をしようとした場合、履歴書の段階で帰国子女の彼は落とされる可能性がやはり高くなるのだ。

結果何が言いたいか。学歴や資格というのは本当のその人の能力を100%反映しているものではない、ということ。

そういう意味で、僕は学歴はあまり意味がないと言っています。

こういうとよく勘違いされるのですが、じゃあ人間賢くなくていいて言うのか、と。

いいえ、賢いに越したことはない。当然勉強は人生において必要。

ただ、その努力と才能を学歴は正確に反映しているわけではないよね、と言いたいのです。

なので、僕が学歴不要と言ってるのは、勉強する側ではなく、どちらかというと判断する側に対して、つまり世の中全体に対して。笑

学歴以外に大切なものがある

日本は学歴重視社会であるけど、本当に学歴だけが大切なのか?と僕は思うんです。

会社に入ったら、それこそ朝から晩まで働かないといけないときもある。そんな時に学歴だけが良くても、体力が全くなく仕事がついていけなかったり。

学歴が高くても人格が悪すぎて、会社内でトラブルばかり起こすことだってある。

そう考えると、学歴もさることながら、体力や人格を磨いてることもかなり重要なポイントになると思います。

学歴ばかりが重要視されているけど、もっともっと根本的に大切なことがある。

大学は意味があるのか、ないのか

大学に行く意味、学歴を取得する意味があるのか、ないのか。

僕はそれは個々人の価値観によると思っています。

学歴のためだけに大学に行く。大学に入れたら四年間遊んで暮らすんだ〜!なんて考え方の人は、別にその人の価値観がそうなのであれば誰も否定できませんが。

ただ、人生の貴重な四年間を無為に過ごすことほど、人生全体で見たらコストで無駄な活動はない。

若いと時間が無限にあるように感じてしまうから、そういうことに思い至りにくいのですが、本当にもったいない時間の使い方です。

学歴のためではなく、自分が学びたいから学ぶ。そのために大学に行く。
(元々本来大学とはそういうものなのだと思うのですが)

そういう意識を持っている人なら、大学がどこになろうと、自分で勉強して、何かしらを得られるのではないかと思います。

学歴とは信用のこと

で、結局僕は後輩になんとアドバイスしたか。

もし、大学に行く時間とお金の余裕があり、家族が認めてくれているなら、そして自分にその力があるなら、僕は行ったほうがいいと思う。お金で卒業証明を買えるなら買えばいい。それはつまり信用であって、一生保有できるものだから。

もし大学に行く余裕があるなら、僕は行かせてもらう、もしくは自費でも行くべきだと思います。

学生時代を遊んで暮らそうが、勉強して暮らそうが、どちらにしても卒業できる、その両者ともが同じ「卒業」の認定を受けるのであれば、学費400万円で卒業証明を買うようなもの、という彼の表現はわからなくもない。

でも、例えば遊んで過ごした四年間、勉強して過ごした四年間。その両者の卒業が全く同じものになるかといえば、絶対にそうとは言えない。

なぜなら、勉強して過ごした方は、成績が良かったり、在学中に資格などを取ったりしている可能性がある。

すると、同じ卒業でも、両者には違いが生まれる。四年間勉強し続けた人の方が能力は優れる。

それと、もし「卒業証明を買う」余裕があるなら、僕は買えばいいと思います。

学歴とはつまり信用のこと。

その大学を出たという信用のこと。それがあるのとないのとでは、初対面の人が受け取る印象はまるで違う。

例えばさっき話した例で行くと、東大を主席で卒業できる頭脳を持ちながら、ちょっと偏屈な人がいたとして、大学なんてバカらしくて行ってられないと言って行かなかったとする。

その人がどこかの企業の面接に行った際、履歴書には「高卒」となってしまうのだ。

それを見た面接官が、一眼で彼が只者ではない頭脳の持ち主などと見抜けるだろうか。見抜けられないと思う。

信用がどこにもないから。

ならば、同じ企業に面接に来たそこそこの大学を出た子がいたら、その企業は履歴書に「大学卒」とある後者を選ぶ可能性が高い。

そういう意味で、もし学歴という信用が買えるのであれば、買う(進学する)方が、人生後々お得になる可能性がある。

横のつながりはバカにできない

世間一般で良いとされる大学に行けば、そこで同期、先輩、後輩と仲良い仲間が生まれる。

良い大学に行く人達は将来良い就職先に就いてる可能性が高い。能力も高い。モチベーションも高い。

すると、例えば困った時に医者の友人、弁護士の友人、会計士の友人に相談するなんてことが簡単にできる。

普通お金を払ってうけるサービスをタダで相談できる。(考えがせこすぎる笑)

デザイナー、建築家、経営者、いろんな横のつながりが生まれる可能性がある。

そういうつながりがあればあるほど、人生のチャンスは大きくなる、と僕は思っているので、そういう意味でも、良い大学に行って、横のつながりを持っておくことも、人生お得になる可能性がある、と思う。

最終的に学歴を損得勘定で捉えるのではなく、自分は勉強がしたいのか?何がしたいのか?をしっかりと考えて進学するのか、働くのか、はたまた何か別のことをするのか、決めればいいと思います。

って話でした!