学歴社会に思うこと

勉強論

こんにちは!トモです。

まず最初に断っておくと、僕は学歴は高くありません。笑

となると、「ああ、よくある低学歴のひがみか」って思われそうなこのタイトル。笑

勉強をすることも努力することも頭がいいことも大切だとは思ってます。

ただ、全員が全員、良い高校や大学に入らないといけないって頭に、世の中になりすぎじゃないかな?っていつも疑問に思ってます。

僕の考え方の根底には、人それぞれ何かしらの使命(才能)を持って生まれてきてる。ってそんなふうに思ってます。

みんな、それぞれ違った才能を持って生まれてきている。

歌の才能、音楽の才能、芸術の才能、書道の才能、ダンスの才能、スポーツの才能。

そして、重要なのは、学力の才能もその1つだと言うこと。

それなのに、みんながみんな学力のみ磨こうとして、学力で勝負させられるこの世界。

言うなれば、50m走が早い人もいれば遅い人もいるのに、みんな50m走で競わされてるのがこの世界。

僕はそんな認識です。

生きるためにはお金が必要で、お金を稼ぐ手段はたくさんあって。

その中で企業に勤めるとが一番手っ取り早い。

自分の肉体労働または知的労働を提供して、対価となる給料を得る。

これが一番手っ取り早くて簡単だからみんなこの手段を選んでお金を稼ぐ。

つまりサラリーマンになるってことですよね。

生きていくにはお金が必要で、そのためにはサラリーマンになるのが簡単で、サラリーマンになってたくさんお金を稼ぐためには大きい安定している会社に入る方がリスクが少なくて、じゃあそこに入ろうと思ったら学歴が必要で、なぜなら大きい安定した企業っていうのはできるだけ頭が良い人を雇いたいって考えてて、その競争力を有しているからで、就職したいと思ってる子達も(時にはその親も)頭がいいことを証明しないといけないから、そのためには世間にとって頭がいいと思われている大学に入ろうとする。

これが世の流れです。

でもね、生活をしていくことだけを考えたらそうですけど。

生きるってもっと他にも大切なことないかな?って僕は思うんです。

生きる上で一番大切なのは「健康」そしてその次は「幸福」そんなふうに僕は思っています。

だとすると、100人が100人大きい安定した企業について「健康」と「幸福」が得られるかって考えたらそれは別の話で。

だって、歌の才能を与えられた人がいたとする。

その人は歌を歌うこと、みんなに聞いてもらうことで幸福が得られて、精神的幸福感は健康にもつながる。

そんな人が、みんなと同じようにあまり才能のない学力でみんなと競争して、たとえいい会社に入れても、自分の使命ややりたいことと、今やってることにギャップがあって、そこに違和感を感じたり、ストレスを感じたりする。

幸福感が得られず、一所懸命働くことで健康を害することもある。

それって果たしてハッピーな人生なのか?って。

もしかしたら、この人が歌の道に進んだら、才能が認められて、超ファンがついて、サラリーマンやってるよりお金稼げて、しかも幸せで健康になるかもしれない。

自分や親は前者と後者でどちらを誇りに思うだろうか?

もちろん有名にならなくてもいいし、お金もそこまで稼げなくてもいい。

稼げなかったら別のこともしながら稼いだらいい。

でも、人生の大部分はやはり自分の好きと感じることや自然と情熱が湧くこと注力した方がいいって思います。

そのほうが幸せだし、健康になれるって思う。

昔、東大を出て、有名な大企業に勤めたけど、仕事がしんどくて、人生をリタイアしてしまった人がいる。ニュースでやってたのをみた。

本人の希望だったのか、親の希望だったかはわからないですけど。

多分、その親御さんは人生をリタイアするくらいだったら、有名な大企業に勤めてなくてもいい、東大出てなくてもいい、ただ純粋に自分の子供に生きて欲しかった。幸せになって欲しかった。と思ってると思います。

僕はこの世に健康を害してまでやらなければならないことなんて1つもないって思ってます。

大企業に入れば安定してる、そしてたくさんお金がもらえる、そのために学力を証明しないといけない、だから学歴を持つために一所懸命勉強する。

でも、その先にお金だけじゃなく、自分の健康と幸福が得られるかどうかも、吟味して人生の道を選んだ方がいい、と僕は思ってます。

って話でした!

Kindleで旅の本を出版しています。Kindleユーザーの方は是非読んでみてください!↓↓↓

Kindle Unlimitedなら無料で読めます!