ラオスで学んだ自分の行動で運命は少し変わる話

ラオス

こんにちは!バックパッカーのトモローです。

 

あなたは運命を信じていますか?

僕は運命はあると思っています。でも、それは世間一般でいう運命とは少し違った認識です。

運命というと、人それぞれに決められた人生が用意されていて、その道をたどって生きている。

もし本当にそのような人の人生は決まっているという運命が存在するなら、その運命の存在を悟ってしまった人は、努力をすることをやめ、頑張ることをやめ、目標を持つことをやめてしまいます。

それらをやめてしまうこともまた運命?なんかよくわからなくなってきますよね。

僕の考え方はこうです。

元々人間には宿命と運命の二つが存在する

命を宿すと書いて宿命

自分で変えることができない持って生まれた命(めい)。

ここではイノチと読むよりメイの方がわかりやすいかな?

例えば、男に生まれるか、女に生まれるかは自分では決めることができません。また、いつの時代に生まれるか、裕福な家庭に生まれるか、貧しい家庭に生まれるか、どの国に生まれるか。

このように初めから定められたものを僕は宿命と考えています。

命を運ぶと書いて運命

自分で変えることができる命。

例えば、日本に生まれたからといって、日本で一生をおくる必要はありません。自分で他の国に行って生きていくこともできます。

また、大学に入学したものの、自分のやりたいことが見つかり、思い切って学校をやめ、その道で生きていく事を決める。

このように自分の選択によって道が変わっていく、これを僕は運命と考えています。

 

ラオスで体験した運命が少し変わった話

これはラオスのルアンプラバーンからバンビエンという町に移動する時に起きた話です。

ルアンプラバーンからバンビエンへは早朝発のバスに乗って山道を約7時間走って向かいます。

その日、辺りはまだ薄暗く少し肌寒い中、僕はバス停に到着し、温かいコーヒーを両手でつかみながら膝を折って椅子に座り、バスが到着するのを待っていました。

するとそこに、ドイツ人カップルらしき2人がやってきました。彼らも僕と同じようにバンビエンを目指す旅行者かなと眺めていました。

2人は椅子に荷物を置くと、男性が辺りをキョロキョロし始めました。バス停の周りには朝早くから現地の人がコーヒーや簡単なお菓子を販売する商店を営業していました。

しばらくすると、その男性の視線と僕の視線がぶつかりました。彼は僕に気付くと少しニコッとして自分の両目を指さし、それから荷物を指さしました。

「僕たちの荷物を少しみていてくれないか?」

と無言で合図を送ってきたのがわかったので、僕も無言のまま軽い笑顔で頷きました。

すぐにバスが到着して、皆が乗り込む中、僕は約束通り彼らの荷物を見ながら待ちます。ただ、もし彼らが僕と同じバスじゃなくて、バスが出発してしまったら僕はどうしようとまどろみの中あせることもなくのんきに考えていました。

結局彼らもすぐに戻ってきて、笑顔で手に持ったビニールを持ち上げて買い物できたことを教えてくれました。

こうして彼らと僕は同じバスに乗り込みバンビエンへ向けてバスは出発した。

バスはガードレールもない狭い山道をとてつもないスピードで飛ばしていきます。途中いくつかの小さな村落を山間に見つけ、彼らはどうやってこんな場所で生活をしているのだろうと気になりながら、バスは猛烈なスピードで滑走していきました。

出発してから4,5時間経ったときに、その猛烈バスが急にスピードを緩め始め、止まってしまいました。

最初は休憩かなと思ったけど、誰も出ることは無く、窓の外を見るもただの道の上に停車しただけだとわかりました。

20分程待っても動きださないので、僕は席を立って前方に向かいました。すると、なにやらバスの前にも何台かの車が止まっているのがわかりました。

バスから降りてみると、何台かどころではなく、両車線とも(車線などない1本道だけど)何十台という全ての車とバスが止まっていました。

何が起きているのだろうと前方まで歩いて行くと、なんとこの細い道でトラックがスリップしてタイヤを道から外して動けなくなっていました。

多分、お互いに猛スピードを出したままカーブを曲がろうとしたところ、ぶつかりそうになって避けようとして起きてしまったのだろうと予想できました。

気長に待ってもよいのだけど、バスの車内はとても暑いし、食料も持ってないし、水もすぐに底を尽くし、暗くなる前にはなんとかしたいなぁと思っていました。

だからと言って誰も何もすることができずにただこの状況を傍観するしかなかったんですけど。

すると、朝バス停で出会ったドイツ人の男性が僕の傍まで来ました。そこで僕たちは初めて声を交わしたのですが、彼が、

「軽トラをヒッチハイクしたから一緒に乗ってかないか?」と言うのです。

確かによく見ると、バスやトラックのような大型車両は通り抜けられないけど、バイクや軽自動車がスリップしたトラックの横の狭い道なき道を何とか通り抜けているのがわかりました。

このままここで待っていてもいつになったら動き出せるのかわからなかったのと、面白そうだったので僕はついて行くことにしました。

バスに戻るとバスの運転手に事情を説明して、僕はここで降りると言ってバックパックを持ってヒッチハイクした軽トラに向かいました。

軽トラにはラオスの男性が3人乗っていて、後ろに乗って良いよと言ってくれました。

僕たちは荷台にバックパックを放り投げてから乗り込みました。

僕達を乗せた軽トラはスリップしたトラックの横をそろりそろりと慎重に車を動かして、どうにかすり抜けることに成功しました。

その後は先ほどのバスに負けないくらいの猛スピードで山道を下っていきました。

山を下りきって平地のアスファルトになると、あたり一面開けていて、空も青く澄み切っていてとても気持ちよかったのを覚えています。

今来た道を振り返ると、一本道の先に見える緑に包まれた大きな山がとても美しく見えました。これはバスに乗っていたら決して見ることのできなかった光景です。

後はバンビエンに到着するまで、お互い全く知らない物同士、ここで初めて自己紹介をしてお互いの人生や旅の話をして過ごしました。

バンビエンに到着すると、僕らはいくらか運転手に払おうかと話し合いました。そうして荷台から降りて運転席にお礼言いにいくと、彼らは笑いながらいいんだよといってお金も受け取らずに走り去っていきました。

 

選択で道は分かれる

以上が、ラオスで経験した僕のお話。

何が言いたいかというと、早朝のバス停でドイツ人の男性と目が合った時、僕は眠たかったのでそのまま目をそらして仮眠することもできた。

もっと意地悪だと、彼らから荷物を見といてと合図が来た時に知らんぷりすることもできた。

僕はそこで荷物を見ておくことを了承した。旅は助け合いなので、一人旅だった僕も結構いろんな場所で荷物を見てもらうことはあった。

そのやり取りがあったからこそ、彼は軽トラをヒッチハイクした後に僕を探しに来てくれたのだと思う。

もし朝のささやかなやり取りがなければ、彼らにとって僕は同じバスに乗り合わせた一乗客の存在でしかなく、誘われなかったと思う。

そう考えると、朝のやり取りを行った時点で、僕はピンチを抜け出す芽を撒いていたのだ。

この話自体は小さな出来事だけど、自分の選択、行動次第で運命は大きく変わる可能性があることを知った。