書評-エッセンシャル思考

仕事

こんにちは!本好きのトモローです。

 

今日ご紹介する本は「エッセンシャル思考」

30歳になってから「時間」について考えることが増えました。

学生の頃は無限にあると感じていた時間が、今では自分で作らないとすぐに消えてしまう。

何をするにしても時間は必要で、時間が無ければ他のどんなリソース(お金・スタミナ・人望・ビジョン)を持っていたとしても意味をなさない。

では時間を作る為には何が必要なのか。それは不要なものを徹底して人生から排除して、大切な事だけに注力することだと最近わかってきました。

その考え方の一助になるのがこの本です。とてもオススメの1冊です。

 

エッセンシャル思考

 

「全部手に入れよう、全部やろう」とするうちに、私たちは知らず知らず何かを失っている。自分の時間とエネルギーをどこに注ぐか決められずにいるうちに、誰か(上司、同僚、顧客家族等々)が私たちのやるべきことを決めてしまう。そうして思考停止に陥り、自分にとって何が大事なのかわからなくなる。自分で選べない人は、他人の言いなりになるしかないのだ。

 

オーストラリアのホスピスで看護師をしていたブロニー・ウェアは死を迎える患者たちが最後に公開していることを聞き、記録しつづけた。その結果、もっとも多かった答えは

「他人の期待に合わせるのではなく、自分に正直に生きる勇気がほしかった」。

自分に正直に生きると言うのは、単にわがままになることではない。不要な事を的確に見定め、排除していくことだ。

そのためには、無意味な雑用を断るだけでなく、魅力的なチャンスを切り捨てることも必要になる。

やることを減らし、人生をシンプルにして、本当に重要な事だけに集中するのだ。

この二つが言っているのはどちらも本当に大切な事に集中して自分の時間とエネルギーを注力するということ。

スティーブジョブズも「人生は短い、できることは限られている。他の誰かの人生を生きて無駄にしてはいけない」と言っている。

自分の人生、自分だけの目的(自分にも社会的にも利益のあること)に向かい、時間とエネルギーをかけて、シンプルにいきたい。

そのことについてこの本の中にガツンとくるこんな挿絵がある。

かなりシンプルでとてもわかりやすい絵だ。

左はエネルギーに限らず、お金や時間をいろんなモノに分散させてしまっている状態。

右は全てのエネルギー、お金、時間をたった一つの大切な事に集中している状態。

どちらが事を成すかは一目瞭然だ。

 

あらゆる仕事を引き受け、どんな難題もあきらめない。何もかもやろうとしている。一見すると学習性無力感とは無縁のようだが、良く話を聞いてみると、その活発さは単なる見せかけだということがわかる。自分では何ひとつ選べないから、すべてを引き受けているだけなのだ。

彼らは選択肢を考えようとしない。言われたことをやるしかないと思い込んでいる。選ぶという行動は、難しいものだ。何かを選べば、必然的に何かを捨てることになる。

だが、選ぶという行動を自分のものにしないかぎり、エッセンシャル思考は身につかない。エッセンシャル思考を身につけるためには、選ぶという行為に自覚的でなくてはならない。

選ぶことを忘れた人は、無力感にとらわれる。だんだん自分の意思がなくなり、他人の選択(あるいは、自分自身の過去の選択)を黙々と実行するだけになる。

せっかくの選ぶ力をすっかり手放してしまうのだ。これが非エッセンシャル思考の生き方である。

エッセンシャル思考の人は、選ぶ力を無駄にしない。その価値を理解し、大切に実行する。選ぶ権利を手放すことは、他人に自分の人生を決めさせることだと知っているからだ。

自分の人生のハンドルを自分で握ろうと思うなら、他人に与えられるのではなく自ら考えて選択することが必要になる。

人生は選択の連続である。何を食べるか、何時に起きるか、何をするのか、何を買うか、どの仕事をするか、誰と話すのか、どちらを選ぶのか。

選択の難しさは、一つを選ぶと、後の選択を全て選べないところにある。2つ以上の選択肢、時には無数の選択肢の中からたった一つしか選ぶことはできない。

どの道が自分にとって最適なのかは誰にもわからない、だから人は悩む。

ただ、そこで他人の期待に沿って決断、行動してしまうということは、自分の人生を他人にゆだねてしまうことになる。

 

マルコム・グラッドウェルが提唱した「1万時間の法則」をご存知だろうか。心理学者のK・アンダース・エリクソンが行った調査で、一流のバイオリニストは普通の生徒よりも練習時間が格段に多いと言う事実が明らかになった。この発見は「生まれつきの天才」という神話を打ち砕き、集中した質の高い練習こそが一流を生み出すという新たな考え方を世の中に広めた。

ただし、この発見は、とにかく量をこなそうという非エッセンシャル思考にきわめて近いものである。「1万時間」という数にとらわれ、質を考慮せずに時間ばかりをだらだらと引き延ばす人も出てきてしまった。

 

あまりちゅもくされていないが、この調査ではもうひとつの重要な事実が明らかになっている。

一流のバイオリニストはよく練習するだけでなく、よく眠るという事実だ。一流のバイオリニストは、1日平均8.6時間の睡眠をとっている。

アメリカの平均より1時間長い数字だ。さらに、彼らは週に平均で2.8時間の昼寝をしている。これはアメリカの平均より2時間長い。

この事実から、睡眠が一流バフォーマ―達の並外れた集中力を支えているのだと結論した。ただ長い時間練習しているのではない。

たっぷり休養することで、1時間当たりの練習高価を最大限に高めているのだ。

「1万時間の法則」「ディッピングポイント」「質量転化」どれもある一定の量をこなした時、量が質に変化し、一気にパフォーマンスが優れるというもの。

これは確かだと思う。前回の書評「達人のサイエンス」でも同じような事を書いた。

ただもう一つ重要なのは、量の中にも質が求められているということ。

ただダラダラと1時間やるのと、がっつり集中して1時間やるのとでは、その1時間の重みが違う。大事なのは、全ての練習や仕事、勉強に全神経をかけて集中して取り組むこと。

そして、その集中力を保つために睡眠が非常に重要になるということも明らかになっている。

 

人は関係性に縛られた生き物である。数千年前の狩猟採集時代には、仲間とのつながりが生死を分ける鍵だった。周囲の期待に応えなければ、生き延びることができなかったのだ。

同調の必要性が弱まった現代でも、仲間に嫌われたくないという気持ちは私たちの心の奥底に強く根付いている。

人の期待を裏切るのが怖いのは、そのせいだ。断ることを考えただけで、胸の中がいやな感じになってくる。罪悪感が込み上げる。相手を質もうさせたくないし、関係を壊したくない。

こうした気持ちが、判断を鈍らせる。現実から目を逸らせてしまう。本当はノーと言って数分間いやな気持ちになる方が、イエスと言って何週間や何ヶ月も後悔するよりずっとましだというのに。

このわなから抜け出すには、きっぱりと、しかも上手にノーと言う技術が不可欠だ。エッセンシャル思考になってからつくづく実感するが、人はノーと言う勇気のある人を高く評価し、尊敬するのだ。

人間は生き延びるための生存本能として”仲間になる”ことをDNAに深く刻み込んでいる。

それがあるから断るという行為は、仲間に嫌われ、拒絶され、一緒にやっていけなくなる=生き延びることができない。という判断になってしまっている。

組織や仲間の中で生き延びる上で、断るという選択肢はありえないのだ。

しかし、断らないで全てを引き受けることもまたできない。断ることをしないと本当に大切な事以外の事に人生が押しつぶされてしまう。

できないこと、やりたくないこと、断るべきことはキチンと断る。やるべきことはシンプルに本当に大切な事だけ。

 

編集者が著者にたずねるべき基本的質問が2つある。

「言いたいことを言えているか?」

「言いたいことを最大限明確かつ簡潔に言えているか?」

これは書くことだけに限らず、あらゆる仕事に言えると思う。その究極が広告のキャッチコピー

短い文章、時には単語と写真や動画で観る人の感情を刺激する。

 

目指すことを明確にする

めざす成果が明確でなければ、何をすべきかはわからない。最終的にどのような状態であるべきかがわからなければ、そこまでの道筋も見えてこない。

「最終的にどこにたどり着きたいのか」

ダラダラしてはいけない。自分の本当に大切な事を明確にする。具体的にする。

自分がやることは全て目的と目標が定まっていないといけない。でないと、ただ大海を漂流するだけになってしまう。

キチンとたどり着く先を見据え、そちらの方角に向かって自分でパドルをこがなければ、どこにもたどり着けない。

 

まとめ


本当に大切なことだけに自分の時間とエネルギーを注力する。

そのために身の回りのものをシンプルにする。

断ることは断り、to do をシンプルにする。